「気になる人が居るのなら、何時でも相談してくれて良いのよ?」
柔らかく微笑んでそう言ってくれた朔。
周囲には男の人達ばかりだったから、気を遣ってくれていたのだと思う。
気になる人を思い浮かべようとしても、其れは中々出てこない。これはきっと、私にはまだそういった意味で気になる人がいないのだと思う。
そう言ったら、朔は少しだけ不思議そうな、そして何処か安心したような表情で微笑んでみせた――。
「や、やっぱり変だと思う? 未だ好きな人とか、そういうの居ないだなんて」
こういった相談というのも少々恥ずかしくって、でも、どうしても気にかかって、指をまごつかせながら問いかける。
就寝前、小さな灯りに照らされて交わす会話は何だか秘密めいていて、何でも聞けるようなそんな気がした。
「変、ということは無いわ。そういった想いは突然生まれるもので……自分の意思で何とかできるものではないもの」
油が切れかけているのか、じじじ、と音を立てている灯り。朔は其れの傍によると慣れた動作でお皿――ひょうそくに、油を注いでいた。
翳りかけた灯りで、朔の顔がより大人びて見えるのは気のせいか。
黒龍の話は幾度か聞いた。その想いが未だ、朔の胸の内に深く根付いていることも。
其の分の想いを私に託すかのように、朔の言葉は私の恋に関して寛容だ。
「……黒龍は……」
不意に、考えていた事が唇から漏れる。咄嗟に口を噤んでも、もう言葉は戻って来ず、少し寂しげな笑顔を浮かべながら朔が振り返った。
「そうね。好きとか、恋だとか……そういうものではなかったのかもしれないわ。きっと、此の想いは愛。欲しいと想うのではなくて、守りたいと……ただ、傍に居たいと想う、そんな気持ち。私の、たった一人の……半身」
不思議な程に穏かに響く朔の声は、そうよね、と胸の内の黒龍に語りかけているかのようだった。
心を凍らせる事なんて出来なかった朔。
其れでも想い続ける、脆くて強い朔。
私は朔のこと、本当に凄いと思う。……そして、心から幸せに笑える日が、再び訪れて欲しいと想う。
「あの人と一緒なら、どんな死にも耐えられると想った……けれど、一緒に居られない事に、耐えられそうもない……」
過去の事ではない、朔の中で未だ確実に息づいている思い。
羨ましいと想うのと同時に、哀しかった。
実際に二人で居る姿を見た事がない私でも、二人が心の奥底から愛し合っていた事が解るのに、如何して引き離されてしまったのだろうか……?
「……何故あの人を愛したのかと問われても、あの人があの人で、私が私であったから、としか言いようがないのだと思うわ……」
そっと布団の上に腰を降ろし、緩やかに語らる。
その時の朔の表情は何処か寂しげで……それでも、小さな微笑みを浮かべていた。
「不思議ね。黒龍のこと、こんな風に誰かに話せる日が来るだなんて思ってもみなかったのに。……きっと、望美だからね」
もう寝ましょうか、と灯りを消すと、外から差し込む静かな月の光でぼんやりとした輪郭が見えるだけ。
でも、そのシルエットが何だかとても遠くて。
ぎゅっと胸が掴まれるような、そんな感じ。
力強く握れば折れてしまうんではないかと思う程華奢な朔の手に触れ、自らの手を重ねるようにして包み込んだ。
「ね、朔……今日、手、繋いで寝ていい?」
朔は少し驚いたようにしていたけれど、すぐに微笑んで「いいわよ」と言ってくれた。
握りこんだ朔の手は温かくて、とても心地良い。
既にまどろみかけた朔の耳に聞こえるか、聞こえないかの声音で小さく呟いた。
「――傍に居てね……?」
其れは朔の耳には届かなかったようでやがて小さな寝息が聞こえ始める。
静かな月を感じながら、私も夜に身を委ねるように眼を閉じた。
【企画部屋】