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――徐々に身体が冷たくなって行くだなんて、誰が言ったのかしら?
「望美……っ」
あなたの手を握ったとき、既にひとかけらの温もりも無くなっていた。
「目を、開けて……」
荼吉尼天から私達を護ろうとして――だなんて、そんなの、傲慢な話だわ。
優しさからした行動でも、私達にしてみると此の上なく残酷な行為。
有難うじゃなく、こうして責める私の気持ちも解って欲しい。
――私は、あなたに犠牲になって欲しかったんじゃないの。
私はまた大切なひとを失うの?
あなたも、私を置いて行ってしまうの?
「……厭よ」
心はこんなにも冷え切っているのに、目尻に溜まる涙ばかりが、熱くて。
「いかないで」
どんなに呼びかけても返事をしないあなたに、私の喉は焼けそうな程。
ぎゅ、と、望美の手を握り締めた瞬間、まるで世界が崩れ落ちるように揺れ始めた。
「何だ?!」
「……此処は神子が力の具現化をして形成していた場所。神子が居なくなれば、存在を保つ事は出来ぬのだろう」
先生の静かな声が、重苦しく落ちた。
其の発言は即ち望美の死を受け入れたことを示す。
――哀しみを押し殺したような、声で以って。
このまま此処に居てはいけないと解っているのに、如何しても身体が動かない。
いいえ、自ら動かす意思がもう無いの。
崩れ落ちるこの世界と共に私も消えてしまったら、あなたにもう一度逢えるかもしれないから。
黒龍を失って本当の意味で笑えずに居た私に微笑みを思い出させてくれたのはあなた。
――そのあなたまで失ってしまったのなら、私は如何して生きて行けよう。
「……私、此処に――」
残るわ。
そう言い終える前に、ぐ、と腕を強く引っ張られた。
「譲殿……?」
「そんな事して先輩が喜ぶと思っているんですか……っ」
悲痛とも言える、叫び声だった。
今にも泣き崩れそうにしているのに、それでも、――嗚呼。あなたの事だけを考えて。
望美、如何して此の道を選んでしまったの。
あなたはこんなにもたくさんのひとにおもわれていたのに。
仮令死したとしても此の場所にあなたを残して行けるわけがない。
誰が抱き上げるにしても、私が手を繋いだままではいられない。
こんな時、女の非力さが憎ましい。
するり、とあなたから手を離す。
一瞬握り返してくれるのではないかと思ったけれど、其れは敢え無く夢に終った。
『――ごめんね』
指が離れた其の瞬間にあなたの声が聞こえた気がすると、一面真っ白な世界に包まれた――。
「……此処は、迷宮の外か?」
戸惑いの声を最初に上げたのは誰だったか。
確かに今まで迷宮の最奥まで居た筈なのに、私達は鶴岡八幡宮に居た。
――誰がそんなことをしたのか、なんて、考えずとも解る。
矢張り先程聞こえたのは、あなたの声だったのね。
最期の瞬間にあなたが紡いだのは、ただひとつの謝罪のことば。
それすら、何に対してのものであるかはわからない。
――謝罪なんていらない。
あなたが生きていさえすれば、其れで良かったのに。
「――雪?」
きらきらとした小さなかけらが降って来る。
雪にしては細かくて、哀しい程に、綺麗な青色――。
そっとその一粒を掌に乗せるように手を翳す。
青い粒子が触れた瞬間、弾けるように鮮やかに甦る風景がある。
此れは――。
「望美の、……」
あなたの記憶、あなたの想い。
其の全てが、このひとつひとつに眠っているというの?
舞い落ちる雪のように、私達の上へと降って来る。
鮮明な記憶は、胸を締め付ける。
過去あなたと過ごした時間が愛おしくて……“此れから”が無いのだと想うと、苦しくて。
思い出ばかりを見せ付けられて此れから生きて行けと言うの?
「――そんなのは、余りにも辛すぎるわ……」
散りばめる光の粒を抱きしめる。
もう、あなたの声は聞こえなかった――。
【企画部屋】