ずっとこうして居られたらなあ。
そんなことを考えて、少しだけ苦い気持ちになる。
これ、前にも思ったことがあった気がする。
将臣くんと、譲くんと、私の三人で。
仲良くずっと居られたらなあ、って、思ってた。
でも、今は少しだけ違う。
……将臣くんと、知盛と、私。
崩れる事が前提の、三人。
此の熊野の時間が、永遠に続けば良いと願ってしまっている――。
気付くと、視線の先には知盛が居る。
其れに理由はあるのかと問われれば、上手く、説明できない感じ。
「クッ、神子殿はやけに熱心に俺を見詰めて来るな……」
熊野での道すがらの小休憩。
隣に将臣くん、正面だけど、少し離れた位置に知盛が木の幹を背にするように座っている。
落ちた沈黙の後に、不意に知盛が言った。
揶揄るように知盛の口から笑みが洩れる。
本当なら否定するべきところなのだろうけれど、何故だか咄嗟に言葉が出てこなくて曖昧な笑みを浮かべてしまった。
「おいおい、お前何黙ってんだよ。否定しとかねぇとコイツ何しでかすかわかんねぇぞ」
諌めるように将臣くんがコツンと私の頭を小突いた。
軽く聞こえるような口調だったけれど、其処には本当に気をつけろ、と言う意味が込められている。
「だって、見てたのは本当だし」
本当の事を言ったつもりだったけれど、途端将臣くんの表情が一寸複雑なものになって、変な事を言ってしまったのかと気が引けた。
……私が知盛のことを見ていた事が嫌だったのか、幼馴染が知盛の毒牙に掛かるのが嫌だったのか、其処までは良く解らなかったけど。
「……お前は無用心過ぎなんだよ」
溜息混じりに言われた台詞には、反論のしようが無いのかもしれない。
心配してくれているのはわかるし、確かに私は考えなしな所があると思うから。
知盛は既に私達から関心を無くしたように視線を逸らし、外観を眺めている。
自分から話を振っておいて勝手な男だとは思ったけれど、知盛らしいとも同時に思う。
思わず呆れたような、おかしいような笑みが洩れ、其れを見咎めたのか将臣くんが知盛に届くか届かないか程度の声音で私に問い掛けた。
「――望美。知盛のことが、好きなのか?」
何時か、聞かれるかもしれないと思っていた言葉。
でも、それに対する私の返事は、用意できていなかった。
「わかんない」
正直な気持ちを話すのは怖かった。でも、嘘は吐きたくなかった。
将臣くんは「自分の気持ちだろ?」と言う風な視線を投げかけて来たけれど、私はつい、俯いてしまう。
「死んで欲しくない、って、思ってる」
此の言葉に込められた意味を、将臣くんはどれ程理解してくれるだろう。
詳しくは知らなくても、知盛が平家である以上、此のまま行くと哀しい運命しか待って居ない事を察する事はできると思う。
でも、だからこそ。
其れが好きと言う感情に結びつくのかわからない。
「助けたいと思ってる、生きていて欲しいと思ってる。……一緒に居たい、って思ってる。……でも」
此処まではっきりと言い切れるのに、此れが恋愛感情なんだって断言できない理由が、私にはある。
「全てが終わった後で、傍に居て欲しいって思うのは、将臣くんなんだもん……」
――何て、口にするのも躊躇われるような、大罪。
幼馴染だからだとか、ずっと今迄傍に居てくれたからだとか、もうそんな次元の話ではない。
今一緒に歩みたい人が居る。
未来で傍に居て欲しい人が居る。
私は何なの? 何がしたいの?
こんなの、傲慢も良いところだ。……最低な女だ。
泣きたくなるのをぎゅっと堪えながら、私は膝を抱え、頭を垂れた。
思っていたような叱責は落ちて来ない。
……其れが、余計に怖い。
ふ、と溜息が洩れるような音が聞こえた後、頭に柔らかい衝撃があった。
これは将臣くんの手だ。大きくて暖かい手が、頭を撫でてくれている。
「詰まりは、自分の気持ちが解んねぇって事だろ? 良いじゃねぇか今すぐ解らなくったって。別に誰もお前を責めやしねーよ」
優しい声だった。
一瞬、言われた事が解らなくて、半泣きの顔を将臣くんに向ける。
すると将臣くんは唇の端を上げて、笑みのような表情を作ってみせた。
「まぁ、そんな風に言われて面白くねぇって奴も居るかも知んねーが、俺はそうは思わないから安心しろ。俺はお前が悩んでる事を知ってるから。……お前が気に病む方がよっぽど嫌だな」
そして、付け加えるように「最終的に俺を選ばせれば良いだけの話だろ?」と言って、笑ってみせる。
随分と身勝手なことを言ったのに、其れを全て許容して笑ってくれるような将臣くんは、やっぱり大きな人なんだと思った。
そろそろ休憩も終わりだと言うように将臣くんが立ち上がる。
見ると、知盛も既に立って、直ぐ傍に来ていて……緩慢に、口を開いた。
「……俺としては、どちらも手に入れると言うような気概を見せて貰いたいものだが、な」
「聞いてたのかよ。っつーかお前は堂々と二股勧めてンじゃねぇよ!」
本気かと思うような調子で平然と言った知盛に、将臣くんがツッコミと共に蹴りを入れるフリをする。
其の行動に、「心外だ」と言わんばかりの表情を作ってみせた知盛が可笑しくて、私は思わず噴出してしまった。
――どっちも好き。
どんな大罪であるか、私は重々承知しているけれど。
其れが何だかとても、ロマンティックな大罪のような気がして、少しだけ救われたような……そんな気がしたのだ。
【企画部屋】