茶吉尼天を追う形で現代に戻り、皆で力を合わせて茶吉尼天を伏することが出来た。
その結果として、彼らは、元の世界に直ぐには戻れなくなってしまった…。
とは言っても、其れは時空を越える前より解っていた事、皆静かに受け入れていた。
しかし、ひとつだけ。
予想外のことが起きていた――。


何時までも着物を着たままで外に居ては目立ちすぎると家へと向かい、移動を始めた時、望美の視界に一際目を引く姿が見える。
「……え」
現代ではメディアを通じてしか見る事の出来ぬような格好の少年の姿が其処にあり、望美は驚いたように声を出す。
その声に釣られるように将臣も其方に視線を向け、声も出ぬ程に目を見開いていた。
「将臣くん、あの子って…」
望美の問い掛けに、将臣は緩く頷き、其処で漸く重い口を開いた――。
「…帝、だ…」
何故こんな所に居るのか、そんな疑問が声に滲み出ている。
帝、と聞き他の皆も其方に視線を向け、如何して良いか分からぬような顔をしてみせていた。
誰もが呆然と立ち尽くす中、その輪から一人抜け出るように望美が帝――安徳天皇の方へと動いた。
「おい、望美っ!」
呼び止める声をものともせずに、何処か遠くの方をぼんやりと眺めている少年の肩をぽん、と軽く叩き、望美は笑顔を浮かべた。
「また会ったね?」
春の京で一度だけ邂逅した時の事を思い出したように緩やかな口振りで言葉を紡ぐ。
突然叩かれた肩と、言われた言葉に一瞬不思議そうに少年は瞬きをしていたが、直ぐにぱっと瞳が輝きを取り戻した。
「京で還内府殿といっしょにいた!」
見知らぬ土地で一人きりで不安だったのだろう、漸く見つけた己を知る者に、無邪気な顔で喜んでみせる。
そうして、望美の後方に居た将臣を見つけると、途端に弾かれたように将臣の方へと駆け出した。
「還内府殿!還内府殿!!」
迷子の子が漸く母親を見つけたような態度に、将臣も帝を抱き留めるように動く。
そうして今まで疑問に思って居た事を、問い掛けた。
「――如何して此処に?」
小さな唇をきゅ、と噛み締めて、帝は言葉を噤んだ。
タイミングを窺うように、僅かな沈黙が落ちた後、小首を傾げるような仕草をしてみせる。
「…還内府殿が、いってしまうのがいやだった」
帝の言葉に将臣は痛い台詞だと思わず眉根を寄せ、其れ以上の言葉を紡げずに居た。
その様子を見ていた九郎は、徐に白龍に向かい、言葉を放った。
「京がどのような状況になっているのか解らぬが、帝と言うのならばあの世界に早く戻さねば。…一人だけでも、先に送り届ける事は出来ないのか?」
「九郎」
弁慶が諌めるように九郎の名を呼んだ。
白龍が何かを答えるその前に、「いやだ!」と、変声期も迎えて居らぬ声が響く。
「私はもどらない!還内府殿がいるここにいる!」
子どもの我儘のようなものとして聞こえるが、実際にわかる者には解っていた。
――和平が結ばれたとて、この歳若い帝の居場所はもう無いのだろうと…。
其れを知ってか知らずか、白龍は静かに言葉を紡いだ。
「九郎、どちらにせよ…今の私には一人を送り届ける事も出来そうにない」
その言葉を聞き、帝は明らかに安堵したように溜息を吐いた。
其れでも尚、しかし、と続けようとする九郎を遮るように、望美が再び唇を開く。
「別にいいじゃないですか。帰りたくないって言うんだったら居ちゃっても」
あっさりとした物言いに、誰しもが皆、望美の顔を見遣る。
其れに臆する事無く、望美はにっこりと微笑んでみせた。
「此れくらいの子どもだったら、可愛いですし家で預かっても大丈夫ですよ」
やけに可愛い、の部分が強調されていたが、そういった問題ではないだろうと言いたげな視線が望美に集まった。
「――望美、優しいのは構わないと思うけれど…」
やんわりと朔が窘めるように口を開くものの、望美は一向に聞く素振りも見せず、帝の小さな手を掴むようにして歩き出す。
「私、弟欲しかったんだよね。帝って流石に呼べないし、何て呼べば良いのかな?」
急な展開に流石の帝もついていけぬように、瞬きを何度もくり返しながらただ手を引かれて歩くばかり。
望美の行動に一同は皆ついていけぬように唖然とするばかりであったが、将臣だけは慣れているのか、仕方無さそうに肩を竦めた後歩き出した二人を追うように足を動かし始めた。
「安徳天皇――…。まァ、言仁親王って呼ばれてたから言仁じゃねぇか?良かったな、望美が面倒見てくれるってよ」
ぽす、と将臣の大きな手が少年の頭を撫でるように軽く置かれた。
「還内府殿…。私は、いてもいいのか?」
自分から言い出したものの、躊躇いがちに将臣に向けて問い掛ける。
将臣は自分よりも随分の下の位置にある少年を見下ろし、苦笑のようなものを顔に浮かべていた。
「望美が良いって言うンなら良いだろ。嗚呼、後俺はもう還内府殿じゃねぇぞ。只の将臣だ」
望美、と、小さな声で、少年…言仁は呟いた。
普通の女性に見えるのに、こんなにも発言力があるだなんて。
まるでおばあさまのようだと、密やかに思った。
おじいさまもおばあさまには弱かったような気がする。
うんうん、と自分の記憶に頷いておいて、言仁はそっと望美を見上げた。
凄い女性だと思った。
言仁の視線に気付いたのか、望美は言仁の方を向くと、にっこりと微笑んでみせる。
成る程、確かに逆らい難い何かが其処には存在していた。
「……望美?」
「なぁに、言仁くん?」
恐る恐ると言った調子で望美の名を呼び、返された事に何でもないと慌てて首を振る言仁を見て、将臣は思い当たったように天を仰いだ。
「そう言えば、…言仁、は、こいつらの名前も知らねぇんだよな」
後ろに居るメンバーを見遣ってから、将臣は望美に「簡単に教えてやれ」という手振りをした。
其れを見た望美は軽く頷き、将臣以外の人々を順々に指差して行くと、独断と偏見の紹介をはじめたのだ。
「将臣くん、と敦盛さんは解るだろうから――うぅん、じゃぁまず、あの髪の毛がびょんびょんなってる人がぶっちゃけ目茶苦茶平家の敵だった源九郎義経さん。会った事あるよね?あの怖かった人。ちょっと無駄に熱くてウザい所もあるけど、良い人だよ」
…………。
一人目から早速、微妙な沈黙が周囲を包み込んだ。
そんな風に見られていたのかと九郎は思いっきり肩を落としている。
「赤いのがヒノエくん。エロいし気障なんで一寸やっぱりウザいけど、言仁くんは男の子だから大丈夫だよ。で、その隣の黒頭巾が弁慶さん。薬師で腹黒いけど、多分腕は確かだと思うから体調崩した時には直ぐに言ってみて?」
そういう風に見ていたのか、と問い詰められそうな台詞をぽんぽんと吐きつつ、弁慶の所ではちっちゃく多分って言った。
ヒノエと弁慶の顔が引き攣るのも仕方の無い事、か。
「それで、将臣くんの弟の譲くんがあのメガネ。人の寝顔見て一寸悶えたりしてる変態だから気をつけてね!景時さんは…………ヘタレ?
いっそすらすら言って欲しかった。
譲と景時は共に泣きそうな顔をしながら落ち込んでいた。
「後はリズ先生。まァ見れば解ると思うけどマスクマン。こっちの世界じゃ変質者扱いされると思うからあんまり一緒に居ちゃダメよ。…そしてあの腹筋割れてそうなのが白龍。一寸前まで子どもでした」
恐らくこの辺りから説明するのに飽きてきたようで、随分と御座なりになってしまっている。
自分は如何言われるのか恐々としていた朔に、望美はちらりと視線を向けると心底嬉しそうに微笑んで見せた。
「あの子が朔。黒龍の神子だよ。美人だよねー」
在り来たりと言えば在り来たりな褒め言葉なのだが、この状況で普通のことを言われるだけとてもありがたいことだろう。
其れ程に望美の男に対する評価は厳しいものだった。
語られる事のなかった将臣と敦盛は、自分の事も聞きたいようで聞きたくないと言うのがありありと表情に出てしまっている。
「…なるほど。とてもわかりやすかった!礼を言うぞ望美!」
素直に頷いてみせる言仁に、そのまま信じるなよという視線を皆一様に注いだが、その眼差しに気付いたか如何かは謎である――。

家の前に着いた時、其の殆どが有川の表札がかかった家に入って行く。
朔も心配だから、と彼らと共に宅へと入った。
将臣と一緒に居たいと言いだすかと思われたが、言仁は静かにその背を見送っていた。
「家、入ろうか?」
くん、と軽く言仁の手を引き、望美は自宅へと入る。
言仁は、初めて見るものばかりで最初こそ戸惑いはしていたが、さすが子供、と言ったところか、直ぐに順応し、寝る前には望美が振り回されるほどに元気になっていた。

「――…いっしょにねるのか?」
至極不思議そうな顔をして問いかけてくる言仁に、望美はうん、と頷いてみせる。
一人じゃ心細いでしょ、なんて、そんなことは言わなかったけれど。
放っておきたくなかったというのが望美の正直な気持ちだろう。
ベッドに言仁を招き入れると、言仁がぴったりと寄り添ってくる。
「あたたかい…」
別段寒かったわけじゃなくて、気持ちの問題。
望美は、言仁の背中をやんわりと撫でると言仁は心地良さそうに目を細めた。
知らない世界のはずなのに、こんなにも心地良く感じるのは何故なのか、幼い言仁にはまだ解ることはなかったけれど。
だけれども。
じんわりと、望美のあたたかさを感じるとこの世界に受け入れられているような、そんな気がしたのだ。
春の京と、…この世界と。
出逢ったのは二度目。
その筈なのに、望美の傍は酷く心地が良いと言仁は思ったのだった――。









_| ̄|○
し、真剣に書いたのですが酷い出来だと思います(でもこれ以上如何にもならなかった)
望美×安徳天皇でほのぼのギャグ…大団円ED設定ということだったのですが難しく…というよりも技量がなくこんな結果に・・・!
零様折角リクしてくださったのにこんなので申し訳ありませんー!>л<;
精進いたします…!(涙ッシュ)



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