繰り返し見る夢があった。

 其れは自分が死んで行く夢。

 此の世界に来てからは繰り返し繰り返し。

 悪夢は苦痛。安息など与えるつもりなど無いかのような災厄。

 絶叫しそうな程の苦痛と共に目が醒め、其れが夢であったことに安堵の息を漏らしていた。

 じっとりと汗ばんだ掌を見下ろすと其の夢が如何に現実的であったのかを思い知らされる。

 だが、何時の頃からだろうか。

 夢の内容が変わり始めるようになった。

 想い人である年上の幼馴染が、幸せそうに笑う風景。

 其の微笑みは自分に向けられたものではなく、他の者へと向けられていた。

 ――以前は兄と年上の幼馴染が共に居る時にだけ感じた泥のような感情は、遂には他の男と共に居る時でさえ生まれてくるようになっていた。

 夢の中の話だと、夢の中ですら解っているのに。

 まるで自分の想いを具現化させているように繰り返し繰り返し夢の中を巡り続ける。

 日を増すごとに夢の中でも時は進んで行く。

 其れは若木が伸びるようにしなやかに――悪意と言う芽が育って行く。

 剃刀のように自分を傷つけて止まない夢だ。

 此れは幻覚なのだ、心の疲れが見せる魔なのだと言い聞かせてみても、そんな自分を捻じ曲げようとするように、繰り返し繰り返し――悪夢が。

 やがて怜悧なだけであった剃刀は、香水に浸したように甘ったるい匂いを保ち俺を溺れさせようと誘う。

 馬鹿な。こんな事は望んでいない。

 望んだのは此のささやかな想いが届く事であって、奪う事では決して無いのだ。

 嗚呼だというのに。

 ……もう直ぐ貴方が来てしまう。

 何時までも起きて来ない俺を起こしに、珍しいね、なんて優しく微笑みながら。

 もう直ぐ貴方は俺の肩を揺すってしまう。

 一体何が起こるのかなんて、まるで考えることもなく。

 嗚呼、もう直ぐ、俺ハ、貴方ヲ――。

「譲くん」

「?!」

 明瞭な声が耳に届き、はっと顔を上げると其処には自分の顔を覗き込む瞳があった。

「せ、先輩! どうしたんですか?」

 余りの至近距離に驚き、思わず体を後ろへと逸らす。

 其の様子を見て先輩は軽く笑いながら小首を傾げてみせた。

「転寝してるみたいだったけど、このままじゃ風邪引いちゃうなあって思って」

 折角寝てたのに起こしてごめんね、と笑う姿に、緩々と首を振る事で否定した。

 ――此方が現実だ。

 目が醒める度に何故自分はあのような夢を見たのかと罪悪感に苛まれる。

 目の前の人はこんなにも眩しくて、手を伸ばす事すら躊躇われる程なのに。

 ましてや、此の手に掛けるなどと……。

「……ッ」

 途端、急な吐き気を催し口許を押さえ俯いた。

 気遣わしげに肩に手が置かれたのが解る。だが、大丈夫ですと言えそうにもない嘔吐感だ。

「譲くん、気分悪いの?」

 辛うじて頷いて見せると、僅かに焦ったように先輩は動く。

「横になった方が良いよ。待ってて、今寝床の用意をして貰うから――」

 眠ると又、あの夢を見るだけなのに?

 そう思いながらも、既に意識も混濁としてきて起きていることなど出来そうも無い。

 眠りたくないな……。

 薄れ行く意識の水底で、ただその事だけを願い続けていた――。



 嗚呼。また、あの夢だ。

 何故この夢を見続けるのだろう。如何して俺は、貴方を手に掛けようとするのだろう。

 永遠に続くかというような苦痛、苦悩。

 発狂しそうな程に心を掻き乱す悪夢。

 全て消えてなくなれば……消してしまえばいいのかもしれない。

 夢の世界を終らせなくては。

「譲くん」

 夢の中で何時もそうするように先輩が横になった俺を揺り動かす。

 此の瞬間は何よりも幸せで、ずっとこのまま此のシーンだけが続いてくれたならあのような夢になることはないのだろうに。

 先輩はまた言うんですか?

 俺がもっとも聞きたくない台詞を、とてもとても幸せそうな声で。

 耳を塞ごうとしても間に合わない、だって此れは夢なのだから。

「――将臣くんが、来たんだよ」

 ナゼアナタハソンナニシアワセソウナンダ。

 意識せぬうちに俺の手が先輩へと伸び、其の手が先輩に触れる直前に、夢は終る。

 まるでテレビの電源が切れるかのように唐突にプツリと画面が真っ暗に。

 そして性懲りも無く俺は飛び起き、隣に先輩が居ないかを確認するのだ。

「――え?」

 俺はまだ夢の続きを見ているのだろうか。

「……せん、ぱい……」

 ぐったりと力なく横たわり、身動きひとつしないのだ。

 震える掌を開いて見てみると、其処には汗ひとつ滲んでいない。

 まるで漸く悪夢から解放されたことを喜ぶかのように――。

「嘘だ、俺は……」

 想いを寄せている人を手に掛けたりはしない。

 嗚呼でも、本当に?

 相反する声が頭の中に響く。

 如何か如何か此れが夢である事を願い続けながら、俺は恋焦がれていた人の髪にそっと触れた。

 ――夢だとは思えないようなはっきりとした感触に、眩暈がした。





【企画部屋】