「――此の侭では、確実に……」

 気付きたくは無かった。否、実際には既に気付いていたのかもしれない。

 ただ目を背けていたかった……この悪夢のような現実から。

 此れは自分の想いの愚かさが招いた悲劇なのかもしれない。

 咎人である筈の僕が、何時しか再び幸せを夢見るほどに、君の光は鮮烈だった。

 君と共に在れたらどれ程幸せだろう。

 幾千幾万の辛い夜も、君が居たなら僕は笑って過ごせるだろう。

 じわじわと柔らかに僕の心を侵食していった、恋色の染み。

 その色が結果的に、皆を追い詰める。

 君が功をたてる度に僕は其の強さに惹かれずにはいられなかった。

 時折見せる繊細な部分に心揺さぶられずにはいられなかった。

 君がどれだけ歯を食い縛って立っているのか、知っていたからこそ、僕は。

 ――僕は、気付くのが遅れた。

 出る杭は打たれるが運命。

 鬼神の如き強さを誇る神子を仲間とした九郎は、実しやかに兄上の地位を脅かすのではないかという目で見られていた。

 そんな筈はない。九郎がそんなことを望むわけもない。

 そして其れは又、君にしてみても同じ事だったでしょう。

 だが誰しもが其れを気付くわけじゃない、信じるわけじゃない。

 最早九郎を筆頭として、僕等は手遅れとも言える状況にまで秘密裏に追い込まれていた。

 この状況を打破する方法はひとつしかない。

 其れは君が消えること。

 君の強さが上の者には脅威になる。

 其の君が消えれば、何とか収めることが出来るかもしれない。何とか九郎たちが生きる道を模索することが出来るかもしれない。

 しかし一体如何すれば?

 君が元の世界へ帰るのが一番良い。

 だが其れは白龍の力が戻っていない今では不可能という文字が躍るだろう。

 君に何処かに身を隠してくれと言えば良いか?

 いやそれは無理だ。君は優しすぎるからきっと我が身を犠牲にしてまでも戦い抜く道を選ぶだろう。

「でも其れでは駄目なんですよ、望美さん……」

 君が頑張れば頑張るほどに結果的に状況は悪くなるばかり。

 敵は外にではない内側にこそあるのだと言うのに。

 此の侭だと君は限りなく不名誉で且つ残忍な死への結末を辿るのだろう。

 其の時君は何を思うだろうか、何を憎むだろうか。恨み言などひとつもなくその命を儚く散らして行くのだろうか。

 どんな絶望に囚われながらも、君は気丈に振舞うだろうか。

 だとすると今から僕がしようとしていることは何という大罪。

 利己欲に満ちた行為に他ならない。君が大切なんですと口ずさみながら僕は君を、……殺そうとしている。

「其れでも、僕は君を愛しているんですよ」

 恐らく君が死なぬ限り、他の皆が助かる道は存在しない。

 君は何より皆が生き残ることを望むだろう。

 僕は其の願いを叶えたい。

 其れが僕の愛の形。

 ――君を思いながら君を屠り、そして君の願いを叶える為だけに生きるのが僕の想いの証明。

 何を取捨したわけではない。

 僕は選んだだけ。君への愛を貫く事を。たとえ自分の行為への正当化だと言われたとしても、僕だけ真実をわかっていたなら、それで良い。

 毒をそっとひとしずく。

 二人きりの部屋で君に進めたお茶の中に垂らしておく。

 君は其れを疑いもせずに口に含み、――喉に流し込んだ。

 やがて動かなくなる自身の身体で、やがて君は気付くだろう。

 自分の世界が終ってしまうことに。

 何か言いたげに不安げな視線を僕に向けてくる君。

 僕は耐え切れず目を逸らそうとしたが、死を直前に控えた君の目から視線が外せなかった。

 やがて見開かれた瞳から、光が失われて行く。

 結局君は最期まで言葉を発する事は無かった。

 其れも当然だ、君の言葉を聞くのが恐くて、痺れが先に来るような毒を選んだのだから。

 ……其の中でも、君が出来るだけ苦しまずに死ねるようなものを選んだつもりだったけれど。

 そっと、細く白い首筋に指を当てる。

 ――死んでいた。

 恐らくは白龍が気付くだろうが、僕が殺したことを悟らせてはいけない。

 僕には未だ、やることがあるのだから。

 早く処理をしなければならないのに……何故だか、身体が鉛のように重い。

 胸に悪いものが溜まってしまったように、苦しい。

 遂に心が澱んでしまったのか?

 何かを言うことも叶わず、僕はただ、沈黙した。

 静寂が立ち込める中、僕は息を引き取った愛しい君を抱いて瞑目する。

 ――若しも僕が全てを追えて君の元へと逝けた時、君は、笑って僕を迎えてくれるでしょうか。

 そんなことは都合の良い夢であると知っていながら、僕は願わずにはいられなかった。







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