ズズ、と万人なれば不快極まり無い音が奏でられる。

 だが其れも観客の居ない此の席では咎められることもない。

 そして唯一舞台の上で動いている役者は、非常に愉快そうに嗤い、何かの中から濡れた細長いものを引き摺り出している。

 やがて其れも飽きたようにベチャリ、と手に掴んでいたものを投げ捨てる。

 何を知らぬ者でも一目で解る。

 ――其れが、人間の内臓……腸であることが。

 暗闇の中目を凝らしてみれば所々に“其れ”が散乱している。

 子供が玩具を撒き散らすかのように滑稽に、残虐に。

 内蔵を引きずり出された身体の持ち主が嘗て女であったことを示すのは、今となってみれば其の柔らかな春を思わせる色をした長い髪だけ。

 顔も既に殴り潰されたように見る影も無い。

 只其の可憐な輪郭が生前はさぞや愛らしい顔をしていたのを思わせるだけ。

 それらを狂気に歪んだ目で見下ろすと、男は満足げに溜息を吐いた。

 否、溜息と言うよりは恍惚を抑えきれなかった吐息に近い。

「神子殿は随分変わったな。……クク、有川が見たらさぞや怒り狂う事だろうが」

 まるで悪戯を仕掛けた子供のような口振りで、死体を哂い、生者を嗤う。

 赤に濡れた手で、一房その髪を取り指を絡めながら口付けた。

 鼻腔に感じるのは錆びた鉄の臭いだけ。

 生前までにあんなに甘やかだった香りはしない――。

 事の発端は今にしてみればほんの些細な事だった。

 常に三人で行動を共にしていたのに、偶々二人で一日を過ごそうとしていた。

 そう、たった其れだけの事。

 今日ばかりは息抜きとして別の場所へと行かないかと男が誘い、女が其れに乗っただけのこと。

 よくある風景だ。

 ただ、誘い掛けた男が異質であっただけ。

 睦言よりも強い興奮を求め、身体を交えるよりも剣を交える事を望む。

 だがそれは女にとってみても重々承知の上でのこと。

 男が剣を振りかざした時女は其れに応戦したのがその証。

「余りにもお前は、慈悲深すぎたな……」

 本来であれば物言わぬ骸になっていたのは自分の方であったと男は識っていた。

 だが女には男を殺すつもりなど到底無かったのだ。

 その甘さが自滅への道を開いたことになる。

 最初から制止を賭けたつもりで挑んだ男は女を殴り、切り刻む事に何の躊躇いも同情も無かった。

 ただ只管の満足感が其処にあっただけ。

 緩く身を屈め、その顔に口付ける。――と言っても、唇の場所が解らなかった故にそれは凡その位置になってしまったが。

 やがて顔を離すと、死肉の味のついた唇を拭う。

 ――何の抵抗も無いことがつまらないと男は感じた。

 もう動く事も喋る事も無いのかと思うと今更ながらに半端な後悔の念が浮かび上がってくる。

 此れは一体何であるのかと考え、気付いた。

 嗚呼、此れは寂寥か。

 あの良く動く表情も煩いとすら感じる声も決して嫌いでは無かったのに。




【企画部屋】