――抱きとめてくれたその腕は思いの外冷たくて、その事がより私を嘆かせた。



「神子、私の神子は貴方だけだよ。私はもうすぐ消滅してしまう。だから本当の意味で貴方だけ」

 瞬時何を言われたのか理解できなかった。

 いや理解しろと言う方が無理な話。

 それを白龍は何の気負いもなく努めて冷静に語った。

「何、言ってるの?」

 言っている意味すら解らないフリをして、私は笑う。

 だけれども私と対照的に白龍は真面目な顔を崩さないでいる。

「言葉の通りだよ。私は直に消滅する」

 ……私は、神様の世界なんて解らない。

 だけど“消滅”というのは白龍が此処から居なくなってしまうと言うことでしょう?

「止めて、そんなの信じたくないよ」

 詰め寄るように言葉を紡ぐと、白龍は少し困ったような顔をしてみせる。

 変えられぬ事実を無理に捻じ曲げる事は無理だ、ともの語るように。

「私が消滅した後、恐らく新たな白龍が生じる。そして新たな神子を捜すかもしれない。――けれど神子、思い違いをしないで。貴方は良くやってくれた。全ては私が無力だった所為。私が、龍としては余りにも無力過ぎた……」

 優しい声で、発する言葉は残酷。

 黒龍は突然姿を消したと言っていたのに、……白龍は、自らが消えるのを何故予見するの。

 如何してこんな哀しい形で私に打ち明けるの。

「――いやだよ。きえないで」

 呂律が上手く回らないのは泣きたいのを堪えているから。

 言ったとて、如何にか成る問題でもないってことくらいはわかっているのに。

「神子。……私の、神子。出来る事なら、次の龍が貴方を神子に選ばなければ良い。――貴方には私だけの神子で居て欲しい」

 告白とも取れる甘い声は、私の胸を抉るばかりだ。

 私も白龍以外の神子になるのは厭だと思うのに、……そう言ってしまえば私達の関係すらも断たれてしまうのではないかと思うと、恐くて言えない。

「……ねぇ、何とかならないの? 私に出来る事なら何でもするよ……」

 そう言うと白龍は一瞬嬉しそうに笑った後、首を横に振る。

 もう何の解決策もないんだと、宣告するように。

 私はそんな白龍の返事に堪らずに彼に抱きついた。

 そっと柔らかく抱きとめてくれた彼の手は、何時もと違い冷たくて……其れが迫り来る終わりを予兆しているようだった。

「神子。貴方と離れたく無いよ。……でも、龍の身でありながら其れを望むことが間違っていると知っているから」

 何がいけないと言うのか。

 何故、間違いだと言うのか。

 白龍は私と離れたくなくて、私も白龍が好きで――ねえ、それで良いじゃない。

「大丈夫だよ――貴方を此のまま此処に残しておく訳には行かない。神子を元の世界に戻す……其れが私が龍として出来る最期の事」

 離れたくないと言った癖に、手ばなそうとしないでよ。

 ぎゅ、としがみ付いた私を、白龍もまた強く抱きしめてくれる。

 だけれど温もりがないその身体は侘しさを増すだけで、安心感など皆無だ。

「龍としてなんて生きて欲しくない。――どんな形でも良い、傍に居てよ」

 身を引き裂かれるような想い、だなんて、ありはしないと思って居た。

 けれども今こうして、四肢を引き裂かれるよりも苦しい想いが胸にある。

 白龍はただ、小さくごめんなさいと呟いた。

 ――其処から先の記憶は、曖昧なものだった。

 気付くと私は始まりの場所に居て、しゃがみ込み泣きじゃくる私を将臣くんと譲くんが心配そうに見詰めていた。

 ……二人はあの世界での事を何も覚えていなかった。

 まるで今までのこと全てが夢であったかのように、――何ひとつ。

 其れが私の心をより掻き乱し、誰が止めに入ろうとも泣く事を止めなかった。

 そうして今、私は白い病室でただ白い壁を見詰めるだけの日々だ。

 ――彼が最期に抱きしめてくれた腕の感触を、繰り返し繰り返し思い出しながら――。






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