どうしてなのか分からなかったけれど、ずっと一緒に居られる気がしていた。
どうしてなのか分からなかったけれど、何時の間にか敵になっていた。
どうしてなのか分からなかったけれど、私は、とてもとても悲しかったのだと思う。
どうしてなのか分かった時、私は――。
「戻って来たのに、今までとは違うんだね」
てのひらどうしをくっつけて、隙間が無くなるくらいに指と指を絡めて、何時も二人で通った帰り道を歩く。
彼の中の時間軸は元に戻ってしまって、この姿が当たり前の筈なのに少し懐かしさを未だに覚える。
其れは此方に戻って来てから其れ程経っていないからなのかもしれない。
「違うって、こう言う事がか?」
繋がったままの手を私に見せるように、将臣くんは繋がった手を軽く掲げた。
「うん。そう、だって今までは隣を歩くだけだったじゃない?」
あの頃は其れが当然であったこと。
けれど不思議なもので、手を繋ぎ出すとこっちの方がしっくり来ている。
「――何だかね、とても懐かしいような、ほんわりするような気がして、嬉しいんだ」
歩く速度も、手を繋いでいれば自然とゆっくりとなり、其の分二人でいる時間は増える。
些細な事なのかもしれないけれど、そんな些細な事が本当に幸せ。
「懐かしい…まァ、そうかもな。小学校…低学年の頃くらいまでは偶に繋いでただろ?」
「…そうだっけ?」
当たり前のように紡がれた言葉は、私の記憶にはなくて思わず将臣くんを見上げた。
逆光の所為で微細な表情は読み取れなかったが、仕方なさそうに笑ったのだけは分かる。
「そうだった。良く『きのういっしょにかえろうねっていったのにまさおみくんわすれておとこのこたちとあそんでるんだもん!』って顔真赤にして怒って、悪いと思ってるんだったら手を繋いで帰れって脅されたもんだ」
思い出すように口真似までしてみせた彼に気まずさを覚えてしまう。
「そ、そんなこと、してない…」
僅かに言いよどむ姿を見逃さぬように、将臣くんは続けざまに言葉を発する。
「してたっつーの。俺が嫌がると泣いて手が付けられなくなったもんだ。何回もあったのに良く忘れてるよなァ」
正直、信じたくなかった。
恥ずかしい過去だったので、無意識の内に記憶にフタをしてしまっていたのだろうか。
「うー…。で、でも将臣くんも忘れっぽいじゃない!この間だって甘いもの食べに連れてってくれるって言ったのに忘れてるでしょ」
此方の世界に戻って来てからすぐにした約束は、まだ果たされていない。
そのことが頭を過ぎったので意趣返しのつもりで言い放つ。
すると、言われて漸く思い出したように将臣くんは2、3度頷いてみせた。
「お前、下らない事は覚えてンのに昔のことになるととことん忘れてるんだよな」
呆れたような口調を装って茶化してくる将臣くんに、「下らなくないよ」と態と怒ったように眉を寄せて繋いだ手を振り回すようにしてみる。
「下らない事って何よっ。私だって好きで忘れてるわけじゃないんだもん!」
「あぁ。そうだよなぁ。単純に忘れてるだけだよな…」
ぽつりと呟かれた言葉は、私に向けて、というよりも独白めいた響きを持っていた。
その理由が分からずに、聞こうとしたところで俄かに将臣くんの手に力が篭り、私の手を握り締める。
「将臣くん…?」
どうしたの、とそう聞く前に、私の問いたげな表情を察してか、問いかける前に彼は唇を開いていた。
「一寸な。覚えてたのは俺だけだったんだな、と思っただけだ」
視線を将臣くんの顔に移すと、先程とは違い、少しだけ寂しそうな色を滲ませている。
其れを見た時、不意に感傷めいたものが沸き起こる。
あの世界でこの表情を見た時、私は、将臣くんが好きなのだと気付いた。
何時もと違う姿を見たからというわけではない。
常に隣に在り、もう一人の自分であるように感じていた人は、他人だったと気付いてしまっただけのこと。
それと同時に愛おしさが溢れ出てしまっただけのこと。
想いは変わらず存在していたのだ。
私は何も変わっては居なかった。
けれどふとした折、思い出すように遠い目をする彼はやっぱり変わってしまったのだと思う。
此方の世界に居た頃は決してすることの無かった表情は、あちらの世界で数年の間でも生きたからこそ培われてきた感情の証。
多分、その分の隙間を埋めることは難しいことだと思う。
覚えてたのは俺だけ、と、将臣くんはそう言ったけれど。
でもそれは私も言える台詞。
あの世界での幾度かの邂逅を、将臣くんは覚えていない。
いや、覚えていないのではなくて、時空を越えていない将臣くんは経験をしていないだけのこと。
「もう忘れないよ」
例え彼が何も知らなくても、私は絶対に忘れることはないだろう。
手を繋いだまま、将臣くんの腕に寄り添うように体をくっつける。
過去の事は忘れてしまったかもしれない。
けれど、あの世界で過ごしたこと、これから過ごす二人の未来は決して忘れない。
一緒に居る一分一秒だってキラキラ輝く宝石みたいに大事なものなんだから。
「将臣くんが、ずっと私の隣に居てくれる限り忘れないよ」
本当はそんなことなくて、ずっと一生一生輝いている思い出なんだろうけれど。
ずっと一緒に居て欲しいという願いを込めて口に出した言葉は、ちゃんと届いてると思う。
「――じゃあ、もう一生忘れる事はねぇな」
自信満々に紡がれた言葉に、幸せが約束されているような気がして自然顔が綻んだ。
「将臣くんも忘れないでいてくれる?」
否定されることはないと確信めいたものがあるから、躊躇わずに問いかけることができる。
「今までだって忘れなかったんだ、これからだって忘れる筈ねぇだろ」
こういう人なのだと私は笑った。
ずっと私を見てきてくれて、これからも見ていてくれるんだ、と言外に潜ませている。
「私が忘れてること、これからいっぱい教えてね」
時間はたくさんあって、きっと焦らなくても大丈夫なんだろう。
緩く笑んで頷いてくれる将臣くんが視界に入ると、今更ながらに照れ臭くなって、はにかむような笑みが唇に浮かぶ。
すると、身長差的に見える筈のない将臣くんの髪が見え、思わず私は瞬いた。
「なァ望美。キスして良いか?」
言いながら将臣くんの顔は既に近付いてきている。
きっと彼も否定されないって分かっていてやっているのだろう。
人気がないとはいえ、往来でするものではないと思ったけれど。
拒否だなんて出来ないし、何より私も…将臣くんに触れたかったから。
私は、少し顎を持ち上げるようにして目を伏せた。
どうしてなのか分からなかったけれど、何時の間にか恋に落ちていた。
どうしてなのか分からなかったけれど、一緒に幸せになりたかった。
どうしてなのか分かった時、私は。
唯一人の貴方を、選んだ――。
タイトルのcoeurはフランス語で心という意味です。
あまーい将望ということでしたが甘!甘いのって何でしょう…!(何)
甘さは存在せずに海苔を熱湯で溶かしたようなどろりとした気持ちの悪さが漂っております申し訳ありません_| ̄|○
こんな駄文を納めるのは本当に心苦しいです申し訳ありません犬神さま…!
書き逃げの勢いで退却しようと思います(土下座)
【企画部屋】