追い詰める事に恍惚を感じるようになったのは何時からだろうか。

 こんなものを恋とは呼ばない。こんなものは愛とは呼ばない。

 其んなことは解っているのに、私はこの卑しい想いを止められない。

 此の想いを劣情と呼ぶのでしょうね?



「知ってるんですよ、私。敦盛さんが怨霊だってこと」

 睦言を紡ぐように、灯りすらもともしていない闇に包まれた部屋の中で、私は敦盛さんに囁いた。

 彼は一瞬驚いては見せたものの、直ぐに肯定を示すように頷いてみせた。

「怨霊でありながら存在し続けることが赦されるわけがないんじゃないですか?」

 出来るだけ冷淡に響くように言い放つと、彼は戸惑った顔をしながらも再び頷いてみせる。

 自分の存在自体がどれほど罪悪であるかを知っているとでも言うように。

 吐き出される言葉は彼にとって見ればこの上ない責め苦。

 でもまだ足りない。私、こんなものじゃ満足出来ない。

 モット絶望ト苦痛ニ歪ムアナタノ顔ガ見タイ。

「私ね、敦盛さんの怨霊姿が、どれ程醜悪であるかも知って居るんです」

 まるで寝物語をするかのようにうっとりと。

 私はひとつひとつ、折り重ねるように思いつく限りの罵倒をしてみせる。

 最初のうちこそ難色を示さなかった彼であったが、徐々に顔色が悪くなり、私の言葉に傷ついていることが目に見えて解った。

「神子、もう……」

 止めて欲しい?

 貴方の口からそんな哀願の台詞が出るだなんて想わなかった。

 神子である私の口から紡がれる言葉だから、どんな雑言にも甘んじて受け入れるのかと思って居た。

 嗚呼。幾ら自分が怨霊であることに劣等感があろうとも、不当な侮辱を甘んじて受け入れる程武門の子としての誇りは捨てて居らぬと言うことか。

 ――捨てていたならば、少なからず楽であったのかもしれないのに。

 貴方が耳を塞いでも、私は決して止めてなんかあげない。

 貴方の誇りも尊厳も人格も、全てを貶めてあげよう。

「――貴方は何て醜悪な生き物なんだろうと、見てるだけで吐き気がしました」

 ハッ、と。彼は息を呑む。

 汚らわしいモノを見るような私の眼に晒され、もう何も言えずに居る。

「敦盛さん、如何したんですか?」

 唇を歪に曲げるようにして好意的でない笑みを浮かべると、彼は何かを堪えるように伏目になった。

 そっと此の先の展開を想像する。

 余りの嘲笑に耐え切れなくなった彼は、私に憎悪と畏怖を覚え、笛を奏でるその指を私の首に絡めるのだ。

 そして、僅かな逡巡の後に指に力を込め――私の存在を抹消しようとする。

 何と甘美な終焉だろうか。

 自らの身を滅ぼす事と知っていて尚、……否、寧ろ其れを望むかのような自分の奥底に秘められた狂気に閉口する。

 愚かだと気付いていながらも、たったひとつ私の中に揺らめく炎に私は逆らう術も無く身を焼き尽くされて行っている。

 そして不覚にも、其れが最たる幸せなのではないかと夢想してすらいるのだ。

 だから、私は言葉を止めない。

「ねぇ、敦盛さん……あなたは××××××××××だったんですよ、本当に――×××」

 憐憫交じりの侮蔑は、きっと彼の理性を繋いでいた一本の細い糸をぷっつりと切ったのだろう。

 其れまでの萎れた態度が嘘であったかのように彼は動き、その細い指が私の脈を止めに掛かる。

 ――まるで首ごと千切り落とさんばかりの、凄まじい力で。

「…………ァ」

 唸る事すら許容しないのは、其れ以上喋らせないよう、という意図が見え隠れする。

 仄暗い膜が張ったような視界の先に見えた彼の目は赫く――正気を失っているようだった。

 ――そう、其れで良いの。

 脳から酸素が無くなっていっているのか、思考すらもぼんやりしてくる。

 そんな中で私はただ嗤い――緩く目を閉じる。

 私が息絶えた其の瞬間を想像するのは難くない。

 きっと正気を取り戻した彼はうろたえ、自分の犯してしまった罪に後悔するだろう。

 何て愛おしい人なんだろう。何て思い通りの行動を取ってくれる人なのだろう。

 一時の感情に身を任せ、自分を傷つける者を屠った。

 今此の瞬間にも貴方は後悔しているのでしょう。

 其れが何より愛おしい。狂おしい程に。

 貴方は此れから如何するの?

 私を殺してしまったと言う想いに囚われながら、消滅する日まで悔やみ続けて生きて行くの?

 其の瞬間までも私の事を考えて居るだろうことを思うとうっとりとした気分になる。

 可哀想に、屠って尚死した者に苛まれ続ける貴方の明日に同情する。

 其れと同時に、私は此の上無い喜びを感じていた。

 さようなら。そして、こんにちは。

 私は貴方のちっぽけな世界に大きく存在し続けよう。

 明日の貴方に優しい絶望を――。






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