真っ白い雪が外の世界を一色に染めて行くのを、将臣は外側に面したひとつの室から眺めていた。

 ともすれば過去を振り返り知らなかったとはいえ幼馴染たちと敵対していたという事実を思い出し、悔恨の念に捕われそうになる。

 悪いことをしたとは思っていない、ただ立場が違っていただけだ。

 ただこうして平泉まで逃げてた連中の中にいると、少しだけ、場違いなような気分になる。

「……ん」

 ふと肩に掛かった温もりから小さな声が漏れた。

 まるで見計らったようなタイミングだったことに将臣はつい何とも言えぬような曖昧な笑みをその唇に浮かべる。

 肩……いや、身長差的に腕に寄り掛かるようにして眠る幼馴染を見る将臣の瞳は優しい。

 その目には幼馴染みとしてでは無い意味合いを持った思いが込められていたのかもしれない。

「風邪ひくぞー……」

 室内とは言え、矢張り此の地の空気は冷たい。

 そうと解っていながら揺り動かさずに居て、掛ける声も控えめなのはもう少しだけこのままで居たいと思ってしまうからか。

「神子様」

 不意に銀が室に足を踏み入れ、望美を探していたことが解る言葉をぽつりと吐いた。

 其れ以上言葉を紡がなかったのは恐らく望美が眠ってしまっていたからだろう。

「嗚呼、望美に何か用か?」

 記憶を失くしている銀に対して、将臣は今一如何接して良いのか解らぬ面があるのか、挨拶をする前にそんな問い掛けの言葉を投げかける。

「いえ、大した用事ではありませんので。……神子様は随分と将臣様に心を許しておいでなのですね」

 銀の声に少しだけ苦みが混じり、穏やかとは言い難い視線が向けられる。

 其れに対して何故だか将臣も、幼馴染だから当然だろう、という思いが沸き起こり、妙な対抗意識が芽生えてしまった。

「まァな。何だかんだ言いつつ俺が一番付き合い長いし。気ィ許すのも当然だろ?」

 過ごした時間と言うのは、今の状況では絶対的に埋められない。

 其の事を解っていながら敢えて口に出してしまうのは、余り好ましくない事だと将臣は自覚していた。

 だけれども。此れは牽制の意を込めて。

 そして銀は、其れに受けて立つようにふと目元を緩めると、言葉を紡ぎだした。

「そうですね。……きっと血の繋がった家族のような安心感があるのでしょう。兄と妹のような」

 遠まわしでも何でもない。

 面と向かい“男として意識はされていないだろう”と言われたよなもの。

 其ればかりは今眠りについている望美にしか解らぬ事柄であるが故に、将臣も此れ以上言葉を紡ぐ事がかなわない。

 嫌な所を突いてくる奴だと将臣が苦い気持ちになりかけた時、銀がゆっくりと近づいて来て、直ぐ近く――望美の傍らに膝をついた。

「このままでは首も疲れてしまいましょう」

 腕に寄りかかるような体勢は、確かに起きた時首が変に痛むかもしれない。

 まるで抱き込もうとするかのように手を伸ばした銀を制するように、将臣の空いている方の腕が動いた。

「――もう大分寝たんだ。そろそろ起こすから必要ねぇよ」

 きっぱりとした拒絶に、流石の銀も納得がいかぬように、軽く眉を顰めた。

 其れは貴方の勝手でしょう。と責めるように。

 銀の態度を意に介す様子もなく、将臣の手が望美の肩を揺すり、目を覚まさせようとする。

「おい望美。そろそろ起きろよ。風邪引くぞ」

「んんー? 何で、揺れてるのー……?」

 意識は夢の世界から帰ってきているものの、瞼は閉じられたままな所為か、明らかに寝ぼけた事を言っている。

「そりゃ俺が揺らしてるからだ。いい加減にしろよ。寝言は言うわ涎垂らすわ、お前一寸自由過ぎやしねぇか」

 途端、「嘘!?」と慌てたように背筋を伸ばし、両手の甲で口元を拭ったりとおろおろしている。

 ――涎と言うのは将臣の嘘で、その嘘に踊らされる望美は何となく、微笑ましい。

「ね、寝言は兎も角、涎のあと、無いよ。……あっ、銀! 居たの? だったらねえ、私、涎なんか垂らしてなかったよね??」

 傍らでゆったりと微笑みながら見ていた銀に気付いたのか、望美はすがるような調子で問い掛けた。

「神子様の寝顔は、とても愛らしゅう御座いました」

 緩く首を傾げた後に紡がれた言葉に、思わず望美はがくりと項垂れ、将臣は小さく吹き出してしまう。

 そういうことを聞いているんじゃない、と望美は全身で訴えていた。

「し、銀……。私涎垂らしてないよね? ね? 垂らしてないって言ってよー!」

 逃げ道を塞がれたような気分なのか、ちょっぴり泣きが入ってしまった姿を見て、将臣はそろそろ銀が本当の事を言うのかと様子を窺った。

 だが、相変わらず銀は飄々とした感じに、さらりと言ってのけるのだ。

「……神子様がそうおっしゃるのならば、きっとそうなのでしょうね」

 まるで事実はそうじゃなかったような口振り。

 こんな風に返されるとは露とも思っていなかったのだろう、望美は衝撃を受けたような顔をしてみせる。

「ちょ、その間は何?! 何でそういう風な事言うの?!」

「ハハッ! お前もう諦めろよ。涎なんて垂らしてよーが垂らしてながろーが、どっちでも良いじゃねえか」

 明るく笑う将臣と、微笑ましそうに笑う銀に挟まれながら望美はすっかりふて腐れてしまったように頬を膨らまし、言った。

「もー! 二人とも意地悪なんだから!」

 其の言葉に、二人はただ曖昧に笑った。





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