それは瞬きをひとつする程度の短い時間の出来事だった。

 広がりを見せた光は直ぐに収縮し、其れと同時に子供の姿も掻き消えていた。

「……ッ! みんな……!」

 将臣くん、ヒノエくん、譲くん、そして、先生がぴくりとも動かず地面に横たわっている。

 突然の出来事に事態が飲み込めるわけもなく慌てて揺すり起こそうとしたけれど、彼らと私の前にす、と腕が割り込み其れを制止させられた。

「景時さん、どうして止めるんですか!」

 興奮のあまりつい声を荒げてしまったけれど景時さんは其れを気にした風でなく、ただ堅い表情で倒れたみんなを見詰めている。

 そして、重い口を開いた。

「多分、さっきの子供の仕業だよ。危険がないとも限らないから、君は待って」

 制止をするくせに、自分は構わないと言った態度で倒れた仲間の方へと近寄り始める。

 その事を言おうとした瞬間、くん、と朔に袖を引かれ口を噤んだ。

「望美、兄上なら大丈夫よ。曲がりなりにも術で身を守る事は出来るだろうから……」

 そっと押しとどめるような口調は矢張り気遣わしげであれども冷静だ。

 原因はあの子供となれば、確かにこの中では景時さんが一番の適任であるように見える。

 白龍も向いているのかもしれないが――万に一つでも強い穢れであった場合を考えれば適任ではない。

「あの子供は、一体……。怨霊ではなかったようだが……」

 ぎゅ、と腕を掴むようにして俯き乍、敦盛さんが呟きを漏らす。

 彼の言う通り、そんな気配は感じなかった。

 だが――

「あの、般若の面はとても禍々しい気配がした。怨嗟が染みついているような、……」

 多少口籠もるようにしながら白龍が言う。

 人の言葉で上手く言い表せない、そう表情が語っていた。

「――これは……弁慶、ちょっと」

 その声に視線を移すと、ヒノエくんを診ていたらしい景時さんが難しい表情をして弁慶さんを呼んだ。

 呼ぶと言う事は近づいても平気なのだろうと判断し、弁慶さんが二人に近づいて行く。

 小さな声で二、三言葉を交わしたかと思うと弁慶さんはヒノエくんの脈を測ったり瞼を開かせたりと、検診を行う。

 それにそう時間は掛からなかった。

 ただ一つ、重い溜息を吐いた後に緩々と首を横に振ってみせた。

「景時の言う通りですね」

「……どういう事だ。まさか……ッ?!」

 余り芳しいとは言えない反応に、九郎さんは顔を強張らせる。

 私も同様に最悪のケースを想定して息を飲んだ。

 そんな私たちの気持ちを察してか弁慶さんは否定を示すように直ぐさま口を開く。

「彼らはどうも、眠っているようです」

 さらりと紡がれた言葉は、異様としか耳に届きようがない。

 何故いきなり眠りに落ちるのか……それも、四人揃って。

 その疑問に対する答えは直ぐに白龍の口からもたらされた。

「連れて行かれてしまった。ここに残ったのは器だけ……いや、根底の部分は繋がっているから、確かに“眠り”と称するのは妥当かもしれない」

 その言葉の意味を計りかね、困惑して白龍を見たけれど、白龍が説明を加える前に景時さんが口を開いた。

「無理矢理眠らされて、意識だけが何処かに閉じこめられてる、って感じかな。……多分、問題を解決しない限り目を覚まさないと思う」

 言葉が進むにつれて緊張したように声が強張る。

 何の解決策も見いだせないからこそ、不安で仕方が無く、ぎゅ、と胸元で手を握りしめた。

「何かしらの呪ならば余り此処から離れない方が良いかもしれませんね。……けれど、このままと言うわけにも」

 弁慶さんが口籠もるのも尤もだ。

 余り人通りはないとは言え往来にみんなをこのまま横たわらせておくわけにはいかない。

 どうしたら――思い悩みかけたその時、九郎さんが言葉を発した。

「景時、……此処は確か、源氏に所縁のある家ではなかったか。……何とかならないだろうか」

 記憶を辿るようにし乍紡がれた言葉に、皆一様に九郎さんと景時さんを見た。

 話を急に振られた景時さんは些か驚いたような顔をしてみたものの直ぐに思い当たったように手を叩いた。

「そうか、渡辺か。……うん、記憶違いじゃなければ知り合いが居るかもしれない。駄目もとでも当たって――」

「不審者とは貴方達の事か」

 景時さんの言葉に被さるように声が掛かる。

 それほど長い時間居たつもりはないが、館の内部の者が不審に思うには十分の時間だったのだろう。

 門に姿を現したのは下男とは思えない品の良い男だった。

 やや硬そうな黒い短髪と、精悍な顔立ち。――ただ、その顔には疲労が色濃く滲んでいる。

 この家の人に間違いはない筈で、事情を説明しようと口を開きかける。

 だけれど、その前に男が幾らか驚いたように視線を止めた。

「……景時か?」

 確認を取るような声と、僅かに見せた懐かしむような表情に、この人物が景時さんが言っていた“知り合い”であるのだと悟った。





【→】

【一周年企画TOP】