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――泣き声が聞こえた気がした。
ただ、ひたすらに悲しみ、嘆く声。
そして、嗚呼、これは何の音だろう?
聞き慣れない、耳に心地良くない音だ。
水音に混じる、不快な音。
嗚呼、これは、何の、音、だろう――?
「――か? じゃあ此処は一体何処になるんだよ」
「それは俺が聞きたいくらいだ。確かに此処は俺達が居た世界に似ているけど……」
「一見、な。外見てみろ、何もねぇぜ」
浮上しかけた意識に滑り込むように、会話が聞こえてきた。
身じろぎした私に気付いたのか、私の傍らに膝をつく気配がある。
「神子、目が覚めたか?」
重い瞼を懸命に持ち上げると其処には先生が私を覗き込んでいて、緩く私が頷いたのを確認すると起き上がるのに手を貸してくれた。
「先輩、大丈夫ですか? 何処か悪い所とかありませんか?」
次いで心配そうな声音で語りかけてくれる譲くんに、大丈夫と言う意味を込めて笑顔を向けた。
咄嗟に声を出し返事をしようとしたけれど、目が覚めたばかりでは声が掠れて明瞭な音になりそうもなかったからだ。
けれど、其れも直ぐに頭から抜け落ちる。
開けた視界の先に広がる世界に、見覚えがあったからだ。
「……どうして……?!」
陽に当たり過ぎて色褪せたカーテン、少し列が乱れた机、薄汚れた床、黒板消し、チョークの粉。
此処は、この場所は。
「――私たちの、教室……?」
見覚えの在りすぎる場所。
誰が何処の席に座っていたのかすら思い出せそうな、通い慣れた教室だ。
困惑するばかりの私を落ち着かせるように、そっと将臣くんの手が私の肩を叩いた。
「窓の外を見ろ。そんなこと言えなくなるぞ。――ったく、こーゆーのはゲームだけで十分だっつーに」
溜息と共に零される言葉に、私は同意することが出来なかった。
ただ、窓の外に広がる世界に、言葉を失ったからだ。
空には厚く黒い雲が覆い――不毛な荒野が、果てなく外に続いていた。
「成る程。やっぱり姫君の世界はこんな風なんじゃないわけだ」
納得したような声に視線を戻すと、些か複雑そうに笑うヒノエくんの姿が目に入った。
――此処にいるのはこの5人か。
状況から考えると、他のみんなを残して私たちがこの世界に飛ばされたのだと考えるのが妥当だろう。
考えられるのはあの子供から発された黒い光。
阻止しようとした先生を筆頭に、位置的に逃れる事が出来なかった私たちに影響があったのだろう。
しかし……。
外ではなく、部屋の中を見渡す。
見れば見るほどに現代の世界との違いが無く、混乱が引き起こされる。
あの子供の仕業だとしたら、飛ばされた先が私たちの学校と言うのは、可笑しい。
私たちが居た世界をあの子供が知り得ている可能性は、万に一つも無いだろうから。
「……取りあえず一旦教室の外に出てみようぜ。何が“本物”と違うのか、先生とヒノエには解んねぇだろ」
将臣くんが場を和ますように笑顔を作る。
確かに此処でまごついていたってしょうがない。
言い出した将臣くんを先頭にするように扉に向かい、彼の手が扉に掛かった、その瞬間。
ひゅ、と影が廊下を駆け抜けたのが見えた。
「――ッ! 今のって……?」
何かが、動いた。
将臣くんの手が慌てて扉を開き、その姿を探したけれど、見える範囲にはもう無い。
「あっちに行ったな」
姿を認める事は出来ずとも進行方向は解る。
一体あれが何であったのかを思案するように、ヒノエくんが呟いた。
「……先輩、どうしますか?」
譲くんの問い掛けに、私はちら、と先生に視線を向けた。
先生はただ、静かに頷いてみせるだけだ。
「――追おう。敵でも味方でも、逃げてちゃきっと何時まで立っても此処から出れない」
多分みんな、私がそう言う事を予想していたのだろう、賛同を示すような声が上がる。
場所が場所だけに、此方に何か仕掛けてくる部類のものだと考えた方が良いだろう。
私たちは警戒を怠る事なく、廊下に出て影が去った方へと足を進め始めた。
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