「良いか。今回お前が殺す相手は少女にしか興味が沸かない変態の豚野郎だ。奴が護衛を外すのはホテルにガキを連れ込んだ時だけ。ヘマすんなよ、人形みてぇなツラして大人しくしてろ」

「はい。ラウーロさん」

 殺す男の名も、何故政府に命を狙われているのかも、私には何も関係ない。

 私はラウーロさんの忠実な義体。ラウーロさんのお役に立てれば良いの。

「まぁお前は人形の“フリ”なんてしなくとも十分立派な“お人形さん”だがな」

「……はい。行ってきます」

 パニエの入ったスカートは緩やかにプリンセスラインを作り出す。

 けれども此れは見栄えを良くする為ではない、仕事道具を隠す為のものだ。

 これだと携帯用のガンホルスターは解らない筈だ。

 冷たい銃器の感触は、私に仕事の重大さを背負わせる。

 エレベーターに乗り、指紋がつかぬように注意を払いながら目標の階を押した。

 監視カメラは予め切られてある。其れがこの計画が仕組まれたものだと言うのをより濃くするのだ。

 エレベーターの中から、降りて部屋の前に立つまで誰ともすれ違う事も無い。

 公言出来ぬ趣味であるからこそ周囲には注意を払い、目に付かぬように少女を部屋まで通せるようにしているのだろう。

 ――今回は其れが裏目に出ているわけだが。

 トン、トン。

 多少間延びしたノックをすると、「入れ」という言葉が中から聞こえた。

 不愉快な男の声だ。ラウーロさんの声とは全然違う。

「失礼します」

 其れでも感情を表情に出す事は無く、私は部屋の中へと身を滑らせた。

 まるで待ち構えていたように――否、事実そうだったのだろう。

 好色そうな、当に“豚”と言う言葉が似つかわしい男が此方を見定めるように見詰めていた。

「…………」

 私が扉を閉める間、身体を嘗め回すように見る豚の視線は不快極まりない。

 扉を閉め終わって暫しの後、豚は嗤った。

 其れは美味そうな食べ物を目の前に置かれたようだった。

「来い」

 ぐっと腕を引かれ、そのままベッドに押し付けられる。

 ――防音及び人払いは完璧。

 嗚呼、なんてあっけない仕事。

 豚の手が身体に触れるか触れないかのタイミングで私はホルスターからSIGのP228を抜き取り、サイレンサーのついた銃口を豚の額に定めた。

 驚きに目が見開かれるのを見ながら、私はそのまま引き金を引いた――。



 頬についた血を乱暴に拭う。

 あんな奴の血を身体につけてしまっただなんて其れだけでも失敗だ。

 其れでも服や髪につかなかったのは、不幸中の幸いと言えよう。

 人目を避けてホテルの裏口から出ると、其処にはラウーロさんが壁に寄り掛かり待ってくれていた。

 距離もあり、また音を立てずに出てきたことからラウーロさんはまだ私に気付いていない。

 其の姿を認めた瞬間、私は駆け寄るようにラウーロさんの方へと向かう。

 良く遣った、と。一言で良いから褒めてくれますか?

 貴方のお役に立てたのなら、それは至上の喜びです。

「ラウーロさん!」

 名を呼ぶと、彼は私の方へと振り向いてみせる。

 ゆっくりと、ラウーロさんの唇が動く。其れは、私が傍に駆け寄るまでのほんの僅かな時間。

「遅い。何梃子摺ってんだ。ったく、誰かが嗅ぎ付けたら厄介なことになるんだぞ。……ほら」

 顔を歪めるように言い、手にしていたコートを私の方へと放り投げる。

 ……私の、コートだ。

 ホテルの室内に居たままの格好で出てきたのだ、この寒空の下コートも着ずに道を歩けば目立つのは当たり前だ。

「すみませんでした、ラウーロさん」

 もっと早く任務を遂行出来れば褒めて貰えただろうか。

 ラウーロさんは私の言葉を聞くつもりなどないように、既に一人、歩き出していた。

 待つという行為をしない。それがラウーロさん。

 其れに遅れてしまう私が悪いのだから、慌ててコートを羽織るようにしながら足を動かす。

「おいエルザ。其れ以上近づくなよ。胸糞悪ィあの豚の臭いが移っちゃ堪んねぇからな」

 まるで私自身すら汚いもののように、ラウーロさんは言う。

「……はい。ラウーロさん。ラウーロさんの言う通りに」

 私はラウーロさんと距離を詰め過ぎぬように、距離を開けて其の背を追う。

 ラウーロさんのお役に立てたのなら……私は、それだけで――。



 コートに腕を通した時、私の手からは硝煙の臭いがした。






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