「泰明さんは、もっと自分を大事にしてください」

 ぱたり、と。

 透明な雫があどけなさを残す頬を辿り、地面に落ちた。

 ――泰明は、其れを不可解な気持ちで見詰めていた。



 事の発端は、襲い掛かってきた怨霊から泰明があかねを庇い、傷を負ったこと。

 泰明にしてみれば当然の行為である筈の其れは、他人を気遣う少女には耐え難い事であったようだった。

 何故、と泰明は問い掛けた。

 八葉は神子を守る。

 其の中でも自分は作られたもの。

 神子の道具である己は、神子を庇うのは当然だろう。

 仮令其れで傷を負ったとしても、気に掛ける必要はないのではないか、と。

 ――其れに対するあかねの返答は、先程のものだった。

 泰明にはわからない。

 あかねが紡ぐ言葉も、其の涙も意味も。

 だからこそ、困惑する。

「神子は、何故泣く?」

「泰明さんが自分を大事にしないからです」

 泣き顔とは裏腹に、しっかりと答えは返って来る。

 ……ただ。その答えは泰明の考え方からは掛け離れたものであったが。

「……お前の言っている事は理解不能だ。道具を気遣う必要が何処にある? 八葉や、そういったものを抜きにして考えてみてもそうだろう。神子よりも、私の方が丈夫だ」

 だから庇うのは当然。

 其の事で責められる謂れはないと言い切ってしまう。

 けれどあかねは願いを曲げない。

 ただ只管に、無事を願う。

「自分の身くらい自分で守れる、って……私、確かに言えません。ううん、みんなの足を引っ張ってるんじゃないかって思うくらいだもの。……でも。だからこそ、いやなんです。私を庇って誰かが傷つく事とか、……泰明さんが、そんな風に言うこととかが、耐えられないんです」

「耐えられない?」

「自分は傷ついても構わないって、言う事が」

 じわじわ、緩やかに何かが近寄ってきているように泰明は感じた。

 理解不能。だと言うのに、不愉快ではない。

 そうこうしているうちに、またぽたりとあかねの顎先から雫が滴り落ちた。

 ……涙は、止まりそうにない。

「神子は、良く泣くな」

 其れは綺麗なものであったけれど、哀しげに流す涙は何故だか見たくないと思った。

 ――胸が苦しくなるから。

「そうです。泣き虫なんです私。……だから、泣きます。泰明さんが解ってくれるまで、此れからも何回だって泣きます」

 其れは脅迫にも似た台詞。

 解った、と言えば問題は解決するのに、何故だか泰明の口からはその言葉が出て来ない。

「……如何すれば、解る」

 じわじわ。

 あかねの言葉に、やはり何か、暖かな色をしたものが近づいて来ている気がする。

 問い掛けられたあかねは、少しだけ間を置いて、にっこりと笑った。

「其れは一緒に考えましょう?」

 ――神子はまるで光のようだと、泰明は思った。



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