そんな筈は無いと、男は最初、笑っていた。

 幾ら自分の見たことが無い部類の娘だとしても、相手は本当に幼さすら残す少女だ。

 自分とは生きる時間が違うのだと。

 だが何時の頃からか少女の事を考える時間が格段に増えていった。

 幾つもの恋を楽しんで来たはずなのに、不覚にも心を奪われた。

 気付いた時にはもう遅い。踏み留まることなど出来る筈もない。

 嗚呼もう少し出逢うのが早ければ、若い情熱に任せて何の衒いもなく君に想いを告げれただろうか?

 ――其れすらも、まるで華胥の夢に過ぎぬことだ。

 彼女はまるで春の光のようで、手は、届かぬのだろうから。



「友雅さん、最近少し元気がないですよね?」

 じ、と瞳を見詰めるようにあかねが友雅の顔を覗き込んだ。

 本人してみれば普通の行動だが、平安の時代にそんなことをしてくる女性は中々――否、全く見当たらぬ。

 この新鮮さが心を掻き乱す要因のひとつだと、友雅は良く自覚していた。

 今更自覚したとてもう遅い。気をつけようにも最早奪われるものすらないのだ。

「おや、君は面白い事を言うね。私の何処が元気がないと思うのかな?」

 普段通りに振舞っていたつもりだった。

 事実、周囲にもそう見えていたのだろう、“元気がない”と言ったのは、あかねが初めてだ。

 其の根拠が何処にあるのかが聞きたかった。

 頬杖を付くようにし、出来るだけ余裕を持った態度で問い掛ける。

 どんな事を言われても面には出さぬだけの心構えをしながら。

「え、何処がって。……ええと、其れは何となく、なんですけど」

 しどろもどろになりながら紡がれた台詞に、何を言われるかと構えていた友雅の気持ちが崩れ落ちそうになる。

 嗚呼、そうだ。

 この娘はこういった予想外の事を言い出す節があるのだ。

 この世界の教養があるとは言い難いが、其れは住む世界が違っただけのこと。

 目には見えない感性があかねにはある。

「何となく、ね……」

 反芻するように友雅が口にすると、あかねは少しばかり不安そうに眉を寄せた。

「ハズレ、ですか?」

 当たり外れの問題ではないだろうに、敢えてそんな単語を使っている風である。

 其れに対して咄嗟に否定の言葉が友雅の口から飛び出さなかったのは其れが紛れもない事実の一端であるから。

 先程まではあれ程心構えをしていたつもりだったのに、其れは一瞬のうちに瓦解していた。

 こうなれば最早認めるしか道は残されていないのだろう。

「外れてはいないね。……だが、此れは極めて難しい問題なんだよ」

「問題、ですか?」

「そう。難解なね」

 この気持ちを告げるべきか、告げざるべきか。捨てるべきか、捨てざるべきか。

 此の少女は、この悩みを聞けば何故隠す必要が、捨てる必要があるのかと言うだろうか?

 真っ直ぐに、……其れこそ光のような真っ直ぐさで。

「……私じゃ、相談とかには乗れませんか?」

 あかねらしい気遣いだと、友雅は思わず微笑を洩らした。

「嗚呼……実は此の問題は神子殿次第で簡単にもなるものであるからね」

 きょとん。という擬音が聞こえてきそうな程に不思議そうな顔をしたあかねを見て、友雅は意味深に笑った。

「え? え? 何でですか??」

「ははは! さあ、何でだろうねぇ」

 誤魔化すように笑い、敢えて答えは言わないで置く。

 何故なら如何して良いかは未だ友雅にすら解っていないのだから。

 光のような、少女。

 君が放つ其の光を辿って行けば、何時か此の想いも届くだろうか――?


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