僕の手を引いてくれたのはあかねちゃんだった。

 優しく微笑んで、大丈夫だよって言ってくれているような笑顔。

 あの時の僕はただ只管自分の事だけしか考えられなくて。

 君がとてもとてもあたたかい存在に見えたんだよ。

 ――でもこの世界に来て、あたたかいだけじゃなくって、強くて……そしてか弱い女の子なんだって気付いた。

 うん。今更気付くなんて遅いよね。

 自覚はあったんだけど、僕はやっぱり子供だったんだと思う。

 あかねちゃんに手を引いて貰うことを極々当たり前のように受け止めていた。

 まるで僕が護って貰うような存在のように感じていた。

 でも、本当はそれじゃいけないんだよね。

「……ね、あかねちゃん」

「ん? 呼んだ? 詩紋くん」

 名を呼んでみると曇りの無い笑顔で応えてくれる。

 其れに「何でもないよ」と返しながら、僕は其の背を見詰めていた。

 最近では行動範囲も定まってきたから、鬼として見られる事も減って来た。

 けれども歩くのは何時もあかねちゃんの隣よりも、少し後ろ側。

 あとほんの一歩なんだけど、その一歩がとても距離がある。

 ……後一歩、なのになあ。

「詩紋くん、詩紋くんは怪我とかしてない?」

 心配そうな声音に、その心中が悟れるような気がして比較的明るめに声を上げる。

「大丈夫だよ」

 ――天真先輩が怨霊あかねちゃんを庇って怪我をした。

 其れは本当に掠り傷程度のもので、天真先輩も大した事ないと言っていたのだけれど、あかねちゃんは心配でたまらないのだ。

 今もそう、傷薬を用意して貰って、天真先輩の所へ行こうとしている。

 ……あかねちゃんは庇われて当然だなんて思わないようだ。

 寧ろ庇われて、誰かが傷つく姿を見るほどに心を痛めているように見える。

 でも庇わないでと言える程に強くは無いと知っているから、あかねちゃんは、ごめんねとありがとうを交互に繰り返すより他にはないのだ。

「……無理、しないでね?」

「うん」

 君が哀しそうな顔をしてしまうから、無理はしない。

 でも、君が本当に危ないときには君を護ってあげられるような僕になりたい。

 君の手を引けるようには未だなれないかもしれないけど、君と並んで歩けるようになりたい。

 強くなれるかな? 君を支えられるくらいに。

 強くなりたいよ。 君が大事だから。

 だから僕は勇気を出して君の隣に並びたい。

 自分の外見にコンプレックスを感じずに、胸を張って前を向いて歩くんだ。

 力強く一歩、足を踏み出す。

 君の隣に並ぶために。

 そして君の横顔を見て、口を開く。

「ねえ、あかねちゃん。並んで歩いていい?」

 突然投げかけた言葉に、あかねちゃんは少しきょとんとした顔をしてみせた。

 だから僕は続けて言う。

「隣、歩きたいんだ」

 すると彼女は勿論って言う風ににっこり笑って頷いてくれた。



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