「折角のお誘いじゃない。私は行った方が良いと思うわ?」

 ふんわりとした髪を揺らすように、小首を傾げてアンジェリークは言った。

 その仕草は可愛らしいもので、普段であったならば二つ返事に頷いていたことだろう。

 だが、言われた本人――レインは、複雑そうな顔を隠そうともしなかった。

「今更逢ったって、何もならないぜ?」

 事の発端は、レインの実兄であるヨルゴからの誘い。

 名目上、久方ぶりに逢おうという食事の誘いであったのだが、それだけでは決してないだろう。

 幾ら丸くなったとは言え、純粋に食事だけ、だなんてあの男の誘いには考えられなかった。

 恐らく研究や何かに協力しろと要請する目的も含まれているのだろう。

 研究や開発に異論はない、ただ、
 あの男の他人を利用しようとする態度が気に食わないのだとレインは思った。

 批判するような態度に、アンジェリークは寂しげに眉を寄せ、
 まるで懇願するように両の手を胸元で握り合わせた。

「レインが言いたいこと、解るわ……でも、ねぇ、レイン……お兄さんを信じてあげても、良いんじゃないかしら……?」

 優しく意見しているように見えて、少女が意外と頑固であることをレインは知っている。

 以前厭な目に遭わされたというのに、何のてらいもなく人を赦せる少女は些かお人好しすぎると感じた。

 だが、それが美徳であり、レインがアンジェリークを好きである所以なのだろう。

 相も変わらず複雑そうな表情をしていたレインが、
 困ったように赤い髪を掻き上げる。

 それでも、決定打となる言葉は出ずにいた。

「反発するのも、仕方無いと思うけれど……失ってから気付くのじゃ、遅いわ。本当に大切なものは、失ってからでは遅いのよ。家族って、一番大切なものでしょう?」

 たおやかな手に力が籠もる。

 アンジェリークが何のことを伝えたいかは、レインにひしひしと解っていた。

 ――アンジェリークは、両親を失った。

 大切だとか、そういったものがまだ良く解らず、当たり前の存在だと信じて疑わなかったものが消失したのだ。

 幼い少女の心境を思うと自然、胸がしくりと痛む。

 アンジェリークの組んだ指先から、指輪がきらりと光って見えてレインは息を深く吐き出した。

「わかった、行く、行くから」

 だからそんな顔をするな、と。

 そう言わんばかりにレインはアンジェリークの手を包み込む。

 レインの意図が伝わってきたように、アンジェリークは口許に笑みを刻む。

「ありがとう、レイン」

 礼を云われる事ではないと、レインは首を横に振る。

 寧ろ、礼を云わねばならない方なのはレインの方だっただろう。

 頑なだった心は、愛しい少女の言葉無くては溶けることはなかっただろうから。

「――その代わり、お前も連れて行く」

 すっかり安心しきっていたアンジェリークに向けて、レインは悪戯っぽく言葉を発す。

「嗾けたのはお前だ。……其れに、少しでも離れるなんて考えられないからな」

 さも当然のように紡がれた言葉に、アンジェリークは白い頬をパァ、と紅く染めた。

 だけど、と。

 少し咎めるような声音で、レインは続けた。

「一つだけ覚えとけよ。……オレの“本当に大切なもの”は、お前で。……お前も、もうオレの家族なんだって事」

 力強く云うレインに、アンジェリークは心の底から幸せそうに笑ってみせた。


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