オレは何時の間にか勘違いしていたんだと思う。

 あの陽だまり邸に住む奴らの中で、お前に一番最初に出会ったのは、オレで。

 お前は何時もオレを選んでくれていた。

 其れが当たり前なんだと、信じてしまう程に。

 何時もオレを選んでくれていた。

 ――大切なものは、失った時に気付く。と、そう言ったのは誰だったか。

 ありきたりで、陳腐な台詞だと思って居た。

 でも今は、その台詞が、痛い程に解る――。


「……もう出るのか?」

 最近のアンジェリークは、常にジェイドを伴って依頼を受けに行っている。

 この間まで、それは、オレのポジションだったのに。

 邸から出て行こうとしていた二人は、オレが掛けた声に振り返る。

 二人揃って振り返るのが何だか面白くなくて、オレは階段の手摺に頬杖を付くようにして不機嫌な顔を作ってみせた。

「ええ、依頼が来たの。コズからだったから、ジェイドさんに、って思って……」

 確かにコズはジェイドの出身地だと言っていた。

 だが別の依頼だってジェイドと一緒に行ってるじゃないか。

 問い詰めたい衝動に駆られながらも、ぐっとそれを飲み込み二人から目を逸らす。

「そうか。次はオレをパートナーに選んでくれよ」

 出来るだけ平静を保った声で言ったつもりだったが、声は震えていなかっただろうか?

 紛れもない、「嫉妬」という感情がオレの理性を食い荒らそうとしている。

「じゃ、オレは自分の部屋に戻るから」

「あっ、レイン……!」

 二人に背を向け、階段を上がりかけたオレに向け、引き止めるような声が掛かる。

 顔だけ振り向くと、手を胸の前で組み合わせ、何か言いたげに俯いていた。

 何でそんな顔するんだ。

 それじゃあまるでオレが悪いみたいじゃないか。

 結局、呼び止めたままで何も話し出そうとしない姿に耐えられなくなり、再び一歩、階段に足を掛ける。

「何も用が無いんだったら行くぜ」

 ずっと見ていたいと言う気持ちに相反するように、他の男と一緒に居るところは見たくない。

「……引き止めて、ごめんなさい……」

 謝罪の声がやけに痛々しく響き、胸が痛む。

 罪悪感が込み上げて来て、咄嗟に謝ろうと口を開いたが、二人を見た時、口は其のまま閉ざされてしまった。

 ジェイドが、アンジェリークを慰めるようにその肩を優しく包み込んでいたから、だ。

「……アンジェ、行こう?」

 親しげにアンジェリークを呼ぶジェイドの声に、胃の中身が込み上げて来そうな程にムカムカした。

 二人が出て行く前に階段を駆け上がり、思い切り壁を蹴りつける。

 モノに当たるのは良く無いと頭の片隅で思いながらも、この感情を制御できなかった。

「……っ畜生……」

 頭が幾ら良くったって、こんな部分ではまるきりの大馬鹿だ。

「何でオレじゃないんだよ……!」

 隣に居るのが自分じゃないことにこんなにも苛立って、頭はちっとも冷めない。

 あそこはオレの場所だったのに。

 やっと見つけた、唯一の場所だったのに。

 オレは後からぽっと出てきたヤツに直ぐに成り代われる程の存在でしかなかったのか?

「……アンジェリーク。お前にとって……オレは……何なんだ……」

 ただの仲間の一人なのだろうか。

 ……ああ、アイツのことだ。

 きっと「レインは大切な仲間よ」と言うのだろう。

 残酷なまでの慈悲と、無邪気さで以って。

 其れを思うと胸が痛み、己が今蹴った壁を背にし、ずるずると座り込んでいた。

「――当たり前だと思ってたのに」

 当たり前ではなかった、なんて…信じたくはなかったけれど。

 アンジェリーク、アンジェリーク。

 オレの、天使。

 ……なあ、もうお前が選ぶのは……オレじゃないんだろうか……?


 目尻から流れ落ちた熱い何かが頬を辿る。

 けれどその熱さは一瞬で、その雫が顎を辿る時には、ひんやりと冷え切ってしまっていた。

 ――まるで、今のオレの心のように……。



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douleurはフランス語です。日本語の意味では「痛み」。
その内アンジェ目線でも書きたいなあとは思っております。