「譲くん見て見て! すごい綺麗なの!」

 純白い衣装の裾を広げて持ち、ふわりと身を翻してみせる。

 仮縫いとは言え殆ど完成の形に近いドレスは柔らかく広がり、望美の姿をより可憐に引き立てていた。

 譲はそんな愛しい女性の姿を見据えると、眩しいものでも見るように僅かに目を細めた。

「良く、似合ってますよ」

 其れ以外の言葉は紡げぬといった印象すら与える口振りは、望美にとってみればとてもとても嬉しい出来事。

「やっぱりウェディングドレスは女の子の夢だもん。一生に一度の、ね?」

 ふふ、と嬉しそうに微笑む姿は昔と少しも変わりない。

 そう――幼き頃からずっと。

「俺は今が夢のようです。貴方が“俺の隣”でウェディングドレスを着てくれること」

 幼馴染という立場から、きっと望美のウェディング姿は見れる。

 ただ、“隣”で、というのがずっと思い描いてきた空想。

 永久に届かぬと思って居た――儚い幻想。

 兄と年上の幼馴染の並んだ姿を視界に収める度に何とも言えぬ思いを味わってきた。

 兄の事は嫌いではなかったが、酷く妬ましく思う日々だった。

 未だに現状は夢と言ってもおかしくないような気がして、譲は何とも曖昧に笑う。

 其れに気付いたように、望美は其の鮮やかな色をした瞳をぱちりと瞬かせ、小首を傾げてみせた。

「譲くん。私、譲くんのお嫁さんになるんだよ」

 強い口調で言い切る姿は、きついようでいてとても優しい。

「すみません。未だ、信じられないんです。……こんな日が来るなんて」

 異世界へと跳ばされ、帰って来た日から幾年も経った。

 呆れるくらい平穏で、笑ってしまいたくなるような幸せな日々。

 恐らくあの世界へ行く事がなければ、望美は譲の想いに気付かぬままでいたのかもしれない。

 そう思えばあれは譲にとって――否、二人にとって紛れもない僥倖であったのだろう。

「何がそんなに不安なのか解らないけど、大丈夫。信じてくれていいよ。私は譲くんが好き。ずっと傍に居たいから、結婚するの。私が譲くんと結婚したいの。譲くんは、違うの? 私と結婚したくない?」

 畳み掛けるような口振りに、少し戸惑いはしたものの直ぐに譲は表情を緩めた。

「いいえ。“望美ちゃんと結婚する”のは、俺の子どもの頃からの夢でしたから」

 叶うことのないと思って居た夢は、今こうして着実に遂げられようとしている。

 夢のような幸せだと、譲は思う。

 望美が此の手を取ってくれたこと、此れから先の未来でも共に在ろうと望んでいてくれること。

 このまま時間が止まってくれれば、と思うほどの幸せなのだ。

「有難う譲くん。――ね、譲くん。結婚したらね、お願いがあるの」

 柔らかく笑み、睦言のような甘やかな声音を望美は紡ぎ出す。

「はい、何ですか?」

「あのね」

 一旦言葉を切り、そっと耳元に手を添え、囁き洩らした。

「結婚したら敬語は止めて欲しいの」

 随分とかわいらしいお願いに、譲は拒否するわけでもなく、小さく頷いてみせる。

 その様子を確認してから、望美は譲の顔を覗き込むようにしてから、笑った。

 幸福そうに笑う望美に矢張り譲も嬉しくなって、譲は口許を緩めたのだった。



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