――ある古びた日記帳――

 まさおみくん、ゆずるくん。

 のぞみちゃんはいつもにいさんをさきによぶ。

 ぼくがにいさんのうしろをついていってるからなのかも、とおもってひとりでのぞみちゃんにあいにいったんだ。

 そしたらのぞみちゃんは「まさおみくんは?」って、ぼくのかおをみながらいった。

 なんで? にいさんはここにはいないのに。

 なんでぼくのなまえよりにいさんのなまえがでてくるの?

 ぼくはのぞみちゃんがいちばんすきなのにのぞみちゃんはにいさんのほうがすきなの?

 にいさんはずるいよ。

 ぼくにないものたくさんもってるくせに、いつもあたらしいおもちゃやふくをかってもらうくせにのぞみちゃんまでとっちゃうなんて。

 にいさんがいなくなればぜんぶぼくのものになるのに。

 そうだ、にいさんなんていなくなっちゃえばいいんだ。

 きらい、きらい、だいっきらいだあんなやつ!

 ……でも、にいさんがいなくなったらのぞみちゃんはないちゃうのかな。

 それはいやだ。

 ぼくはなぐさめかたとかよくわからないし、なによりのぞみちゃんにないてほしくない。

 ほんとはふたりがなかよくしてるのみるのはいやだけど、のぞみちゃんがなかないですむんだったらぼくはがまんしなくちゃいけない。

 のぞみちゃんがわらってくれるのがいちばんだから。

 だいじょうぶ、ぼくはおとこのこだからちゃんとがまんできるよ。




 平仮名ばかりな上に字も下手だ。

 そう、小学生だった頃の自分が書いた日記を見てぼんやりと思った。

「……参ったな……思ってることは殆ど変わってないだなんて……」

 先輩が笑ってくれるのなら――なんて、それは自分の気持ちを押さえつける為の言い訳で、単なる綺麗事だ。

 こんなに以前から確固とした気持ちだったのだと過去の自分に知らされて複雑な気分になった。

「そうこうしている内にこれだ……」

 何時の間にか、兄以外にも人が増え、殆どが彼女に心惹かれている。

 しかも現代にまで共に来て、帰れないというのだから心配事は増すばかり。

 無論、悪い人達ではなく、嫌いなわけじゃない。

 ただ、彼女に触れて微笑かけたりすることが厭なだけ。

「……全く成長してないじゃないか」

 思わず自嘲気味な笑みが顔に浮かび、過去の自分の心境を押し隠すかのように日記帳を閉じた。

 そしてその日記を棚に戻そうとした時、日記の隙間からはらり、と一枚の紙切れが床にと向かい落ちて行った。

「……ん?」

 身を屈め拾い、表を向けてみると更に複雑な笑みが顔に浮かぶ。

「……こんな所に挟んでたんだな……」

 自分と、想い人と、兄と。

 未だ何も汚れを知らぬような笑顔を浮かべて映っている写真。

 何時自分はこんな写真を隠し持つようになったのだろうか。

 其れを再び日記に挟むのも躊躇われ、結局昔のアルバムに戻す為に自室を出た。



「……確か、この辺り……。ああ、あった。スペースが空いてる」

 椅子に腰掛け、ぱらぱらとページをめくり、己が抜き取ったであろう箇所を探し出す。

 こうして見ると兄や自分だけではなく、先輩の写真もやけに多いな、とぼんやり考えた。

「姫君の昔の姿絵かい?」

 作業に集中していたからか、背後から声が掛かるまでまるで気付かなかった。

「ヒノエ」

 名を呼んだのに応えるように、後ろに居たヒノエが正面に回り込んで来てアルバムを覗き込んだ。

「是非とも拝見させて貰いたいものだね」

 口では頼むような感じで言いながらも、既に手はちゃっかりとアルバムにかけられている。

 其れに苦笑しながらも、アルバムを手渡して俺は席を立った。

 男二人で見るような代物ではない。

 ふと見てみるとヒノエは座りながら悠々とアルバム――というよりは先輩の写真ばかりを目で追っていた。

 嗚呼、きっと、もう直ぐ先輩が来るだろう。

 その時ヒノエがアルバムを見てるのを見たら最初は嫌がりながらも、結局は一緒に見るんだろうな。

 その光景を想像すると、苦々しいものが込み上げてくる。

 でもきっと、先輩は楽しそうに写真を見るのだろうから。

 それはそれで良いのかもしれない。

 結局は最初から最後まで「先輩に笑って欲しい」という綺麗事で済まされる。

 そんな変わらない自分が馬鹿らしくなりながらも、仕方無いと思えてしまうのだった。

「……大丈夫。ちゃんと我慢できます」

 先輩が他の男に微笑かけたとしても。

 小さく漏らされた言葉は、ヒノエの耳には届かず、宙に消えたようだった。



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