「譲くん、お誕生日おめでとう!」

 心を込めた精一杯の笑顔で、綺麗にラッピングされた袋を差し出した。

 ――想いが通じ合って、初めての譲くんの誕生日。

 ずっと私を好きでいてくれた彼に、漸く想いを返す事が出来る日。

 プレゼントと私の顔を交互に見遣り、状況判断をするように暫しの間を置いて譲くんは嬉しそうに目を細めてくれた。

「今年も……覚えていてくれたんですね。有難う御座います」

 誕生日にプレゼントを贈るのは毎年の行事だったけれど、譲くんの言い方だと今年も例年と同じみたいに受け取られているようで、少し寂しい。

 特別なんだよ、って主張するように唇を尖らせて、譲くんがプレゼントを受け取るまでそのままでいた。

 でも、私のそんな抗議の表情を見ていなかったのか、譲くんはプレゼントを受け取ったところで唇を綻ばせ、小さく笑みの形を作ってみせている。

「何笑ってるの?」

 拗ねた自分の動作を見られなかったことへの不満よりも、何に対して笑ったのかが気になり、問いかける。

 自分が笑っている事に気付いていなかったのか、え。と不思議そうな顔をして私の顔を見上げる譲くんが居た。

「すみません、俺、笑ってましたか?」

「うん。しっかり笑ってた。思い出し笑い?」

 思い出し笑いはいやらしいんだよ。とそう言ってやると譲くんは困ったように微笑んで、眼鏡を中指の腹で押し上げる。

 一寸思い出しただけですよ、と柔らかい声音で言って、プレゼント空けようと手を動かすものの、問いたげな私の目に気付いたのか、手を止めてプレゼントを大事そうに脇に置いた。

「先輩が、俺に初めてくれた誕生日プレゼントのこと、思い出したんです」

 初めて?

 思い返そうとしてみても、子どもの頃の記憶は結構薄くてはっきりとしない。

 何を贈ったのだろう?

 辛うじて頭に思い浮かんだのは、海辺に落ちていた綺麗な貝殻。

 其れが一番古い記憶。

「貝殻、だったっけ?」

 人差し指を立てて伺いたてて見るけれど、ハズレですと言わんばかりに緩々と首は横に振られた。

「……蝉の抜けがら、ですよ」

 迷い無い口調で言われると、譲くんの記憶はしっかりしたものなのだと想う。

 だけど。

 よりにもよって蝉の抜け殻だったなんて。

 過去の自分に向けて、馬鹿。と言ってやりたくなる。

 何処の世界に好きな男の子に蝉の抜け殻をプレゼントする女が居るだろうか。

 いや、当時はそういった感情を持っていなかったし、考えナシだったんだろうから仕方の無かった事なのだろうけれど。

 其れを相手が覚えているから尚気まずい。

「兄さんと一緒に、小さな瓶にみっしりと蝉の抜け殻をかき集めて来て、お誕生日プレゼント、って笑顔で差し出したんです。あれは結構、喜んでいいのか哀しんで良いのか複雑な気分になりましたよ」


 ……全く、思い出せない。

 冷や汗がだらだらと流れ落ちて行く。

 子供って不思議なものをプレゼントするんだなぁって笑えたのなら良かったのだろうが、それは自分の過去だ。
笑えるわけなかった。

 何で止めてくれなかったのよ将臣くんのばかっ! と、そんな事を胸の内で八つ当りしてもどうにもならない。

「ご、ごめんね、譲、くん……」

 申し訳ない気持ちが思いっきり込み上げて来て、少ししょんぼりしながら謝った。

「え。そんな、先輩が気にするようなことじゃないですよ。蝉の抜け殻にしよう、と言い出したのは兄さんらしいですし、……其れに、俺は先輩がくれたものだったら何でも嬉しいです」

 さっきは、喜んでいいのか哀しんでいいのか複雑だったって言ってた癖に。

 そう思うのとは裏腹に、その言葉に少なからず安堵している。

 表情を見る限り、穏かで、今では懐かしい思い出になっているような気がした。

 でも、ひとつだけ、気に掛かることがある。

 譲くんが私をずっと好きだったのは、解ってる。

 自信過剰とか、そういうのじゃなくて、本当にそういわれたのだから。

 でも、だからこそ不安なこと。

 ……まさか、とは、思うけれど。

「……今でもその蝉の抜け殻、持ってたり、する?」

 本当は聞くのも怖かった。

 でももしも、という事もある。

 そうなったら責任の一旦は私にも――と言うよりも大半は私の責任だろうから、ちゃんとカタをつけなければいけない。

 私のそんな使命感を知ってか知らずか、譲くんはちょっぴり困ったように眉尻を下げた。

「勿論、ありますよ。……先輩に、初めて貰ったものですから」

 ――やっぱり。

「捨てて捨てて捨てて! 初めてって何年前?! イヤだ想像するのも怖いっ! お願いだから譲くん、後生大事に取っておかないでー!」

 両手を頬に当てて懸命に主張する私を見て、流石に譲くんも慌てたのか、え。と困ったように声を洩らす。

「で、でも、先輩に貰ったちび鉛筆とか消しゴムのカスとかだって大事に取っておいたのに――」

「それも捨ててー!!」

 私のあげたものを、其れがごみ同然であったとしても大事にしてくれる気持ちは嬉しい。

 嬉しいけど……勘弁して欲しい部類のものだってある。

 それから私達は、折角の譲くんの誕生日だと言うのに、私が過去にあげたプレゼントの分類に時間を費やした。

 ひとつ捨てる度に哀しそうな顔をしている譲くんが居た訳だが、私は敢えてその表情を見ないフリをしておいた。



「……先輩から貰ったもの、殆ど無くなってしまいましたね」

 寂しげに言う譲くんが少しだけ可哀想に思えてしまったのだが、其れだと私が今までロクでもないものばかり贈っていたみたいじゃないかと少し憤る。

 しかし、捨てるのを選んでいったのは私。

 確かに残ったものは、余りにも少なすぎるかもしれない……。

 急に何とも言えない気持ちが込み上げてきて、私は譲くんの腕に自分の腕を絡めた。

「これからもずっと一緒に居られるんだもん。もっともっと素敵なものプレゼントするから、ね?」

 そう言うと、譲くんは嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。

 譲くんの笑みを見て、私は来年の今日はもっと良いものをプレゼントしよう、とそう思った。

 そう、来年も、再来年も……これからずっと、私は素敵なものを贈り続けよう……。



 HAPPY BIRTHDAY!



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