季節は巡り、凍てついた冬を越え暖かい春が来る。
冬には辛い記憶が多かった気がしたけれど、過ぎ去ってしまえばこうも侘びしさを感じるものなのか。
「――何をしている」
馬が駆けてくるような音、其れが背後で唐突に止まった。
そして訝しむような声が耳に届いたが、私は振り向くことをせずに平坦な道を平淡な足取りで歩み続ける。
「館の者が突然姿が見えなくなったと言って慌てていた」
馬の鞍から降りたのだろうか、地面に足をつく音がした後に人と馬との足音が背後から聞こえて来た。
「それくらいで慌ててるようじゃ、いざっていう戦の時に対応出来ないんじゃないの?」
教育し直した方が良いよ、なんて軽く突き放すように言い乍も私は自分が悪いのだと自覚していた。
何故なら私がこうして館を抜け出したのは、今回が初めてのことだったから。
――平泉に残る。
そう決めた運命は男に嫁ぐことを意味していた。
その事に何ら不満はない。
色々思う事が無かった訳ではないが、私はこの男が好きだったのだろう。
其れで良いのかと問われても、迷う事無く頷くことが出来たから。
「仕事中じゃなかったの?」
男が此処に来た理由を解っていて問い掛けるのは意地悪か。
恐らくは使いの者が「奥方が行方不明です」とでも仕事中の男の元に駆け込んだであろう事は想像に難くない。
そして其れを言われた時、男が苦虫を噛み潰したような顔をしたで在ろう事も容易に想像がつき思わず笑ってしまいそうになった。
そんな気配を察知してか、男は「もう戻る」と怒ったように言った。
すると直ぐに再び騎乗する音が聞こえ、こういう男なんだと実感せずにはいられない。
有能な男なのだと思う。不器用な男なのだと思う。
そして何より――きっと、人の上に立つのには、向いていない男なのだと思う。
何が悪いと言う訳ではない、きっと此の男には補佐役の方が向いているのではないか。
カリスマがない、と言うべきか。決定的に何かが欠けている。
――皮肉なものだ。男はこんなにも平泉や人を愛していると言うのに、男は“選ばれた者”にはなり得ぬのだ。
しかし私は其れで良いと思っている。
多分、そんな人物だからこそこんなにも傍に居たいと思えるのだろうから。
男が挫ける事が無いように、男が平穏な国を作り続けていけるように……傍に居たいと思えるから。
くる、と踵を返すと、手綱を片手に持ったまま、男が私を見下ろしていた。
男をじっと見詰めていると、自然唇は笑みの形を成していた。
「ちゃんと連れて帰ってよ」
馬に跨った男に向けて、そっと手を伸ばす。
――男は、最初からそのつもりだとでも言わんばかりに力強い手で私の手を取った。
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