腰に腕が絡みつき、ぐい、と引っ張られる。

 ソファに座る知盛の膝の上に腰を降ろすような体勢になり、仕方無い、と言う気分に陥る。

 僅かに姿勢をずらし知盛を抱き込むように腕を回し向かい合うと、私は態と困ったような顔を作ってみせた。

「……ご飯の準備、未だ出来てないのに。後でおなか空いたって文句言っても知らないからね」

 口ではそう言うものの、本当は既に諦めていた。

 此の男が我侭なのは今に始まった事ではないのだから。

 其れは出会った頃から変わらない。

「――外食で良い」

 其の言葉に、思わず手が出そうになる。

 ……私の手料理が不味い、とそう言いたいのだ。

 繰言しないようになっただけ改善された方だろう、そう自分に言い聞かせる。

 それから訪れる暫しの沈黙は、何とも心地良い。

 以前ではこんな空間を二人で共有することになるなんて夢にも思わなかったものなのに。

 ふと視線を下ろせば擦り寄るようにして心地よさそうに目を伏せている知盛がいる。

 其の顔が思いの外穏やかで――幸福に包まれている。

 そう、あの頃想いもしなかった。

 知盛にこんな穏やかな顔が似合うだなんて。

 此方の世界に連れて来た時に、剣の無い世界で生きる意義を見失うのではないかと危惧したものだけれど、今の知盛からはあの頃の殺戮を思わせる眼差しは感じない。

 穏やかになったね、なんて言うときっと顔を歪めて嫌がるだろうけれど。

 本当に、そう思わずにはいられないのだ。

 そっと柔らかそうな髪を梳くように手を伸ばす。

 其れを厭うことなく受け入れる知盛は時に猫科の動物を思わせる。

 ――二人きりの生活を始めて、まだほんの僅か。

 此れから先、もっともっと私に懐けば良いとひそやかに思った。



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