空を茜色が包み込み、直ぐに夜の帳が落ちるだろうと言う頃。

 寝転がり瞼を伏せている男に向け、両手いっぱいに抱えた黄色い花をぱらぱらと散らした。

 花に飾られた男は剣を振るっている姿からは想像もつかぬ程に可愛く仕上がったものだ。

 そう可笑しげに唇を歪めた所で、億劫そうに男が目を開いた。

「……一体、何の心算か……」

 自分に害を与えるものではないと知って居るからか、いっそ面倒臭そうにぼんやりとした様子で言い、頬に乗った黄色い花を摘むようにして匂いを嗅いでいる。

「待てど暮らせど 来ぬ人を 宵待草の やるせなさ 今宵は月も 出ぬそうな……」

 ゆうるりと紡いだ言葉は、男の知らぬものであったのだろう。訝しそうに眉が寄せられる。

 無理も無い。この時代には無かった歌なのだから。

 其れでも、直ぐに悟れる事だろうに。私が貴方を待っていたことが。

 やがて花の匂いを嗅ぐのも飽きたかの如く、すい、と横に花を払う。

 つれない男と思うと同時に腹が立った。

「今日、来なかったでしょ。待ってたのに」

 自然と口調が責めるようなものになるのも仕方のないことだと思って欲しい。

 だって、約束していたんだもの。

 迎えに来てくれるって思っていたんだもの。

「……嗚呼。有川が用事があったからな」

 其れは知って居る。知っていた。

 将臣くんは今日は一緒に行動できないことを昨日のうちに告げていてくれていた。

 けれど、知盛については大丈夫だから引き回してやってくれと、そう言われていたのに。

「別に私は将臣くんだけと一緒に行動してたわけじゃないよ。知盛も約束くらい守ってよ」

 二人が取っているという宿を訪れてみても其処は無人で、既に知盛は出掛けた後だった。

 ならば今日は一日此処に居たのだろうか。

 この、待宵草が咲き乱れる場所で。

「……約束など、した記憶が無いな……」

 いっそ寝転がったままの腹を踏みつけてやろうかと思う程の台詞だ。

 確かに直接知盛と約束を交わしたわけではないが、余りの言い様だと思う。

「其れで? 神子殿は俺を捜しに来たとでも……? 態々、花を用意までして」

 緩慢な動作で上体を起こし、ちらりと私の方を見遣る。

 クッ、と喉元を鳴らすような笑みに、胸にムカムカとしたものが込み上げて来た。

「違う。文句を言いに来たの! もう、今度将臣くんに言いつけて知盛のこと叱って貰うんだからね!」

 私の台詞に知盛はより一層笑みを深くしたかと思うと漸く立ち上がった。

 其れ迄は見下ろしていたのに、知盛が立ち上がると私よりも随分高い位置に頭があり、見上げないと会話ができない。

「其れは、少し厄介か……。有川はあれで居て、多少口喧しい所がある……」

 仕方が無さそうな形で呟くと、余計な事は言わないようにと言うように、私の頭をぽん、と叩いた。

 その行動が、余りにも意外で。

 其の手が、意外にも優しかったから。

 不覚にも私の胸がドクン、と変な風に音を立ててしまった。

 見ると、知盛は私を待つ気配もなく一人で先に帰ろうとしている。

 ――酷い男だ。

 けれどその酷い男にときめいてしまったのも事実で、何とも複雑な気持ちを抱え、知盛の背を追いかけるか如何か悩む羽目になるのだった――。




【知盛TOP】
【遙かTOP】



待宵草の花言葉…ほのかな恋。
歌…竹久夢二の「宵待草」。待宵草が正しい名前です。