「こちらの世界では、個別に誕生日を祝ってくれるものなのだろう……? 神子殿は俺に、一体何をしてくれるのだろうな?」

 揶揄るような、それでいて何処か期待しているような口振りで言われて、思わず身が強ばった。

 何も言わずにいる私を見て、知盛はつまらなそうに前髪を摘むような仕草をしてみせてから緩く息を吐く。

「あぁ……忘れられていたのか。クッ、どうやら祝ってもらえるものと俺が勝手に思い込んでいたものらしいな……」

 さしてショックを受けた風では無いのに、台詞だけはやけに傷ついているようにも聞こえた。

 でも。

「ちがっ……! わ、忘れてたわけじゃ、無いもの……」

 それは本当。

 寧ろ逆に、ずぅっと前からこの日のことばかり考えていた程だ。

 だけれどもそれが何になった、と言うわけでもなく何も思いつかぬまま日時が過ぎていっただけのこと。

 だって、知盛が一体何が欲しいのかまるでわからなかったから。

 この男は本当に、一体何を真実欲しがっているのだろうか?

 此方の世界に共に来はしたけれど、殆どと言っていい程に私はこの男の事を知らない。

 矢張り剣が欲しいだろうかとネットで調べた日本刀の専門店の前まで向かっては、現代で此の男に刃物を与えるべきではないと思い止まる。

 如何せならば喜ぶものをあげたくて、一生懸命に考えて。

 かと言って他に何を所望するのかは全く解らなくて、そうこうしているうちに結局リミットは過ぎてしまった。

 怠惰に過ごす男のことであるのだから、きっと己の誕生日も忘れ去っているのだろうと油断していた。

 “おめでとう”と、一言告げるだけにするつもりだった。

 なのに、こんな風に期待していたと言われてしまえば、至極酷い事をしてしまったような罪悪感に囚われる。

「忘れていたわけじゃない……? 其れなら、祝う必要はないと思われて居たと言う事か……」

 緩慢な動作で手を持ち上げ、顎に指を添えるようにし乍語られた言葉は、私にとって責め以外の何でもない。

 どうしてそんな風に言うのだろう。

 どうしてそんな風に思うのだろう。

 私が忘れるわけがないじゃない。だってこんなにも……だいすき、なのに。

「…………私だって、知盛が喜ぶようなプレゼント用意したかったよ」

 そう、一生懸命になりすぎて、逆に見つからなくなっただけだもの。

 でもそれは結局言い訳としてしか響かないだろうから、私は言えない。

 押し黙ってしまった私の頬を手の甲で撫でるようにするりと知盛の手が滑る。

 気付けば既に吐息がかかる程に顔が近づいていて避けることは叶わなかった。

 ――最初から、そんな気は無かったけれど。

 甘く柔らかに重ねられた口付けは、離れた時ですらその余韻が残っているように唇から甘い吐息が漏れる。

 少しだけ夢見るような気分になった私を見て、知盛は目を細めるようにして微かに笑んだ。

「――お前が“プレゼント”とやらを用意しようとしていたのは、知っていたさ」

 其の言葉に私は息を呑むこととなる。

 まるで私の葛藤すらも全部今までお見通しだったかの如くに、知盛は意地悪な瞳の輝きをしていた。

「俺は其の“プレゼント”は、お前で構わないが……?」

 好色そうと言い切るには艶がある視線は私を惑わせる。

 構わないと今彼は言ったけれど、でも、それじゃあ。

「それじゃ、何時もと変わらないじゃないの」

 今までだって、きっとこれからだって。

 私が貴方のもので、貴方が私のものであるのは普遍的な事実なんだって信じてるから。

 だから、そんなのは何時も通りで、特別なプレゼントにはなり得ない。

 そう言った私に向けて、知盛はふ、と笑みを漏らしただけだった。

 まるで、それで良いのだと言うように。

 ――嗚呼、そうか。

 最初こそ色々言ったりはしたけれど、詰まる所本当に何か特別なものを望んでいたわけではなかったのだろう。

 何時もと変わらぬ日常が永遠に続くよう――。

 嘗てならば「退屈」だと言って捨てそうな願いを、今は口に出さずとも願ってくれているのだ。

 其のことが嬉しくて、其のことが愛おしくて。

 私はぎゅっと知盛に抱きついた。

「……知盛変わったね」

 もっともっと好きになったよと言う気持ちを込めて、私は続きの言葉を放った。

 誕生日おめでとう。そして、傍に居てくれて有難う、と――。




【知盛TOP】
【遙かTOP】

(That's) fine with me.=私はそれで構いません。(MSN和英辞典より)