すっと薄く開かれた唇に朱色の紅を差す。
 化粧っ気のなかった顔は、今は既に女の顔。
 己が手で仕上げたのは、大切な人の彩り。
「出来たわ」
 秘め事を告げるように終了の声を掛けると、緩く伏せたままだった瞼が押し上げられる。
「――とても、綺麗になったわ。望美」
 出来映えに満足していると言うよりは感慨というものが先に立った言葉だった。
 ――今宵、望美はたった一人のひとのものになる。
 朔にしてみれば、其れが嬉しいような寂しいような、複雑な心中に捕らわれるものだった。
「有難う、朔」
 はにかむ様に笑う、其の仕草は変わらないのに。
 今宵を一区切りに目の前の人の生活は一転するのだろう。
 彼女が居なければ……と、朔は思う。
 彼女が居なければ、自分は黒龍を想うだけで結局何も出来ずに諦め切ってしまったのだろう。
 我が身に降り掛かった不運を嘆き、全てが無駄であるのだと自ら不幸に陥ってしまったことだろう。
 ……望美がいたから。
 諦めずにいられた。信じる事が出来た。立ち上がる事が出来た。
 そうして、……望美のおかげで、再び黒龍が傍に居てくれることが叶った。
 其の事を望美に言ってもきっと、「朔が諦めなかったからだよ」と笑うのだろう。
 驕ることなく、純粋に。
 そんな望美が傍で支えてくれたからこそ、挫けずに済んだのだ。
「幸せになってね、望美」
 そんな望美に対して、ありきたりな言葉しか言えない自分が、朔はもどかしかった。
 でも、どんなに綺麗な言葉で飾っても足りないくらいに、誰よりも望美の幸せを願っていた。
 幸せを願う、其の気持ちは確かに伝わっていて。
 望美は何度も何度も頷いて見せた。
「朔も、黒龍と、……仲良く、ね?」
 言われなくてもそうするわ。
 少し強がってそう言いたかったけれど、出てきたのは違う言葉。
 望美を心配するような、放っておけない、そんな言葉。
「何かあったら、直ぐに私の所へいらっしゃい。一人で抱え込んじゃ、駄目よ?」
 駄目、だなんて単語を使ったけれど。
 本心では単純に自分を頼って欲しいと思っていただけなのだろう。
 其れに気付いてか気付いていないのか、望美は矢張りうんと頷く。
「真っ先に朔の所に行くよ。……ううん、何も無くったって、何度だって逢いに来る。……だって」
 一端切れた言葉の続き。
 其れは何故だか当然のように朔には解っていた。
 だからふたり声を揃えて、互いに向けて、言った。

「「私達、親友なんだもの」」




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