将臣と無事再開を果たし、俺達は先生が居るとされる場所へと向かった。
先頭には九郎が立ち、其れに続くように各々道を進んで行く。
俺は前の方に行くわけでも無く、どちらかと言うと後ろ寄りに歩いていた。
隣には白龍。そして俺より後ろには、将臣が居るだけだ。
「ノゾミは前の方歩く感じがしたんだがな」
背後から掛かる将臣の言葉に僅かに振り返り、苦く笑って見せるだけで、直ぐにまた前を向く。
そういった印象を抱かれても仕方が無い。
先立って進むのが好きで、常にそうして居たのだから。
――今だって、理由が無ければ後ろの方に居る筈もない。
「っきゃ……」
微かに聞こえたか細い悲鳴。
足元の石に躓いた朔を支えるようにして抱き留めた。
「あ、有難う、ノゾミ……」
躓いてしまった事に気恥ずかしそうに頬を染める朔を見て、無事で良かった、と笑みを浮かべた。
嗚呼、本当に……何て、馬鹿な理由。
疲れが見え始めた彼女が心配だから、直ぐ後ろで見守って居たかっただなんて。
誰よりも先に、助けてあげたかった、だなんて…。
「疲れたな。……此の辺りで少し休もう?」
柔らかな身体をそっと離すと、先を行く奴らに声を掛けた。
九郎は未だ急ぎたい素振りだったが、他の者への気遣いを忘れているわけでは無かったようで緩く頷き同意を示した。
「――ノゾミ、一寸良いか?」
各々座り易い場所を見つけ腰を降ろし始める。
一人、輪から外れるような場所を位置取るように座った俺の頭上から、将臣の声が聞こえ、面を上げた。
「何、将臣」
話があるのだろうかと思い当たり、隣に腰掛けるように示唆する。
腰を降ろせば鋭い将臣は気付くだろうか?
今座った辺りは皆の姿が良く見え、見張りには最適だという事が。
「お前、さ。……いきなり男の姿に戻っただろ?……その理由、っつーのは」
言い難そうに言葉を重ね始める姿に、厭が応にも続きが思い当たり、思わず眉間に皺が寄った。
其れを認めた将臣は、おどけるように軽く肩を竦めて見せる。
「別に問い質そうっつーワケじゃねぇよ。――答えたくねぇんだったら、それで良い」
……ズルい言い方だ。
本当は答えて欲しいクセに、物分りの良いアニキ面をする。
……しかし、そうさせているのは俺自身だと気付き、自分の方が余程ズルいのだと気付かされる。
何処かで、将臣に色々な話を聞いて欲しいと思って居るのだから…。
「……ハンブンは、正解。でももう半分は将臣の予測とは違ぇよ」
視線を合わせぬように正面を向いたまま、吐き出すように言葉を紡ぐ。
言った意味が理解できなかったのか、将臣が複雑そうな顔をしているのが解る。
「如何いうことだ?」
結局、答えを出すことが出来なかった将臣は率直に問い掛けてきた。
その質問を引き出すようにしたのは俺自身に他ならなかったからこそ、俺は唇を笑むように歪めてみせる。
「俺が男に戻りたいと思ったのは、朔が原因。護りたいと思った。強くなりたいと思った。……もう、嘘を吐きたくないと思った」
自然、声が柔らかくなる。
朔の事を思い出す時は何時もそう。
失う事を恐れながら、其れでも思い出すだけで温かい気持ちになれる。
其処までは想定内だったのだろう、将臣は一度、力強く頷く。
何処が違うのだと、問いたげな視線が肌に突き刺さるように痛かった。
「――でも其れは、恋愛感情からじゃ、無い」
きっぱりと断言してみせると、将臣が驚いているのが伝わってくる。
皆とは距離が離れている所為か、俺達の会話が聞かれているような気配はまるで無かった。
「だけどよ、如何見たってありゃ惚れてるようにしか見えねぇって。……咎めてる訳じゃない。解るだろ?俺はお前がそう言った感情を持てて――」
「本当に違うんだ、将臣」
将臣が本当に俺の事を心配してくれている事は解っていた。
でも、だからこそ其れ以上の言葉は聞きたくないと言う風に言葉を遮った。
「アイだとか、コイだとか、そんな感情じゃないんだ。…俺は別にキスしたいわけでも、ましてやセックスしたいワケでもない…。護りたいだけなんだよ」
そう、この想いは恋愛感情では無くて、兄弟とか、親友とか、そう言った者に対する類の感情と酷似しているのだと思う。
ただ対象が出逢ったばかりの異性であったというだけの話だ。
十分休んだ。
此れ以上の会話は不毛だと告げるように俺は立ち上がった。
「おい、ノゾミ」
呼び止める声も引き止めるように伸ばされた手も、見ない。
ただ、俺は将臣の顔だけを見詰め、静かに言い放つ。
「俺は女を抱きたいとは思わないよ――」
彼女を護りたい、そう言ったのとは相反するような声音が喉から搾り出される。
凍るような声だった。
……全てを、否定するような声だった。
将臣は其れ以上何も言う事も叶わず、ただ無言で、力無く首を横に振るのみ。
其れよりは、将臣も俺も、一度も目を合わす事無く道を進んで行く。
無言で道を辿った俺達であったが、矢張り、と言うべきか。
俺達の行動も甲斐なく、先生はその日、庵には居なかった。
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