「望美たちの世界では、生を受けた日にお祝いをするのね」
自分達との世界の違いを驚くように軽く目を見開いて、朔はそう言った。
誕生日にお祝いすることが当たり前だと思って居た私にとって、1月1日に皆で一緒にお祝いするだなんて違和感がある。
「朔の生まれた日って、何時なの?」
だから、自分達のルールで祝うっていうのも朔にとっては凄く違和感のあるものかもしれないけれど、
私は如何しても朔の誕生日を祝ってあげたかったのだ。
「そうねえ……5月10日だったと思うわ」
日にちを聞いて、数えてみようとしても後少ししか残されていなかった。
此れから色々用意をしていくのは状況的にも厳しいのかもしれない。
「ふふ、望美ったら。若しかして祝ってくれようとしているの? そんな事しなくても良いのよ」
私の心を見透かしたように微笑みながら言う朔に、バレたかと悪戯っぽく舌を出して誤魔化した。
其れを見て、朔はもう私に祝う気がなくなったとでも思ったのか、もう何も言わなくなった。
けれど私は絶対朔の誕生日を祝ってやるんだと決意に胸を燃やしていた。
「譲くん、譲くん!」
夜も更けた頃、譲くんに声を掛ける。
不思議そうに首を捻りながら、此方に近づいてきた譲くんの服の襟をがっしりと掴んだ。
「わっ、せ、先輩如何したんですか?」
動揺しているのか目が泳ぐ姿になんて構っていられない。
明日にはもう朔の誕生日が迫っているのだ。
「今夜、私に付き合ってくれる?」
みるみるうちに顔を紅くする譲くんに、思わず眉間に皺が寄る。
何で此処で顔が紅くなるんだろう?
「ど、どうして、……? いや、あの……厭とかそういうわけ勿論無いです、けど……」
周囲に他の人が居ないのを確認してから、やけにしどろもどろになっている譲くんの耳元の囁きかけた。
「朔にお誕生日のケーキを作ってあげたいの。譲くんだったら此処にある材料で作れるでしょ? 教えて!」
譲くんに作って貰うのじゃ駄目。
“私”が“朔”に作ってあげたいから。
真剣な私の目を見て、譲くんは何処か落胆したような表情をしていたが、その理由が良く解らなかった。
「うゎ! 先輩掻き混ぜすぎですよ…!」
「え?! 掻き混ぜれば掻き混ぜるほどコクが出るんじゃないの…?!」
「先輩スポンジが焦げてます!」
「……チョコレートケーキみたいになったね……」
「…………本当に夜が明ける前までに出来るんですか?」
「もーーー! 譲くんの教え方が悪いんだよ!!」
……多少、譲くんに八つ当たりしながらも、何とかケーキらしきものに仕上げる事が出来た。
譲くんがやけにぐったりしているように見えるのは、気のせいだと思っておこう。
「…………ふ、二人とも何やってんの?」
何時を回った頃だったか、何でか恐る恐るした景時さんの声が掛かった。
「……えへ。明日朔のお誕生日だから御菓子を作ってあげようと思って」
「あ〜……道理で、騒がし……いやいや、楽しそうな声とかむせ返るような甘い匂いがすると思ったよ〜」
若しかして、騒音で景時さんの目が醒めてしまったのだろうか?
そう思うと少々申し訳ない気持ちになる。
「うんうん。でも朔の為、ね。ありがと望美ちゃん。凄く嬉しいよ」
妹の事で素直に他人に感謝できる景時さんは凄いと思う。
「朔、喜んでくれるかなあ」
思い描いていたものよりも、随分と不恰好なケーキになってしまったけれど。
それでも、一生懸命作ったものだから。
「喜んでくれると良いな」
慣れないケーキ作りに疲れていたのは本当だったけれど、ちゃんと出来上がった事が嬉しくて、随分と時間は回ってしまったというのに眠たくならなかったのだった――。
「……おはよ! 朔!」
何時もはゆっくり寝ている時間なのに、今日はやけにすっきりと目が醒めた。
居ても立ってもいられなくてその足で朔の元へ駆け、朝の挨拶をする。
最初こそ驚いた様子を見せていた朔だったけれど直ぐに柔らかい微笑みを浮かべてくれたのだ。
「おはよう望美。今日は早いのね」
「うん、今日は朔の誕生日だもん。……お誕生日おめでとう、朔」
本当は挨拶よりも何よりも真っ先に言いたかった言葉。
少しだけ嬉しそうに微笑んで有難うと言う朔に、心はとっても満たされた。
「あのね私、朔の為にケーキっていうお菓子焼いたんだよ」
「嗚呼、昨夜遅くまで作っていたものね。有難う望美、嬉しいわ」
驚かせようと思って言った言葉も逆に此方が驚かされてしまう結果となる。
何で知って居るの、とありありと表情に出てしまっていたのか、朔が悪戯っぽく笑った。
「だって、私の部屋は兄上より台所に近いのよ? 兄上が気付いて私が気付かないわけないわ」
成る程其の通り、と妙に納得しながらも複雑な心境は隠せなかった。
驚かせたかったのに……。
「それじゃ、私のために作ってくれたけーき、というものを見せて貰える?」
現金なもので、そう言われて少し残念に思って居た気持ちも何処かへ吹き飛んでしまった。
「……ところで、それはちゃんと食べれるのかしら?」
「朔〜……」
にっこりとした笑顔で浮かべて「冗談よ」と言う朔だったけれど、その言葉は何処か本気だったように思えた。
楽しそうに笑ってくれている顔が見れて、私も凄く嬉しい。
朔の手を引くようにして、昨夜一生懸命作ったケーキの元へと急いだ。
朔、お誕生日……おめでとう。
【朔TOP】
【遙かTOP】