俺たちの世界では元日に皆年齢を重ねるのではなく、生まれたその日に歳を重ねる。

 そんな会話から、一人一人の誕生日が着たら祝おうということになった。

 騒ぐ事が好きな連中だから、当然と言えば当然だけど…その日は、何だか面白くなかった――。



 朝の早い頃から館の中が騒がしい。

 各々の誕生日を祝う事に決め、そして今日がその最初の一人。

 朔の誕生日を祝う為に、色々と準備を進めている。

「……」

 勿論、朔の誕生日が祝われる事は嬉しい。

 それと同時に、何故か苛立つ気持ちが胸にある。

 他の男に祝われると言う事、そして何より、朔の誕生日に朔を独占出来ない事。

「……馬鹿だよなあ……」

 彼女は別に自分のものではなく、そんな我儘を言える権利もない。

 だけど。

 少しだけで良い。

 僅かな時間でも、特別に彼女の誕生日を祝いたかった。

 彼女の誕生日を祝う為、各々に準備を割り当てられ、自分の分のノルマは既に終えていた。

 だからだろう、無駄とも言える事を考えてしまうのは。

 吐息とも取れるような軽く吐き出された溜息は、浅はかな思いであることを告げるように空気に掻き消えた。

「ノゾミ?」

 其れまで頭に思い描いていた人物の声が聞こえ、思わずぎょっとして声の主の方を見てしまった。

 過敏な反応に驚いたのは朔も同じで、ぱちぱちと瞬きをしている。

「あ、あぁ。朔。如何したのこんな所で?」

 驚かせて御免、と謝罪を入れながら首を傾げて問い掛けた。

 朔は謝罪の言葉に首を横に振りながら、頬に指を添えるようにして溜息を吐く。

「其れが、何だか落ち着かなくて。何処に行っても主役は私だからと手伝わせて貰えないの」

 確かに、其れだと居心地が悪いだろうと思わず苦い笑みが顔に広りそうになるのを辛うじて抑えた。

 それと同時に、ある考えが頭に浮かぶ。

 居心地が悪いと言っているのは朔自身。

 ならば、連れ出して悪い筈がない。

「だったら、少し外に出よ。良い天気だし。この間近くに花畑があるのを見つけたんだ」

 さり気無い誘いに、退屈をしていたのだろう、そうね。と首を傾げて見せながらも既に瞳は肯定していた。

「案内して貰えるかしら?」

 謙虚な申し出に口許を緩ませながら、大業に頷いてみせる。

「喜んで」

 そうと決まると手早く外出の準備をし、直ぐに戻ると言付けを残し朔と連なって館を発った。



 なだらかで穏かな道を、二人並んで歩く。

 まるでデートみたいだ、なんて、初めて恋を知った少年みたいにドキドキしていた。

 ――傍目には、少女が二人居るようにしか見えないだろうけれど。

「この近くにお花畑があるだなんて全く知らなかったわ」

 感心するような朔の言葉に気分を良くしながら、最近散策をしている時に偶然見つけた道無き道を行く。

 朔が通り易いように、草をさり気無く除けながら。

 少しもしない内に開けた場所に出る。

 細く高く鳴く鳥の声と、柔らかに吹く風。

 まるで誰かが整えたかのように様々な色の花が咲いている。

 今ではまるきり男の気持ちである自分ですら、素直に「美しい」と思えた景色。

 朔は如何思っただろうと彼女の顔を振り返って見ると、瞳をいっぱいに開いて風に揺れる花々をその美しい瞳に映していた。

「……凄いわね」

 君に見せたかったんだ――。

 面と向かって言えない言葉は、心の中だけでひっそりと告げる。

 極々個人的に送った誕生日プレゼント。

 君は気に入ってくれた?

「もっと奥まで行こう」

 花畑の入り口で立ち止まっている朔を招く。

 小さな緑と、白い色が多い場所に腰を降ろすと、朔は周囲を見渡すように目をめぐらせた。

 その姿に満足しながらも、俺はシロツメクサに手を伸ばす。

 ひとつふたつと手折り、それを繋げて行き、やがて一つの大きな輪にするのだ。

 男として育っていたのならば覚えることのなかった花の編み方も、手が覚えているからか
 目を瞑ってでも簡単に作れる。

 やがて其れが首飾りとして形になった時、別の花に視線を落としている朔の首にかけてやった。

「きゃっ」

 驚いた? と、そう聞こうとして朔の顔を覗き込む。

 だけど、直ぐに聞けなくなった。

 朔が浮かべていた表情は、先程まで楽しげに花畑を見渡してみたものではなくて、辛い思いを噛み締めているものだったから。

「……朔?」

「これ、ノゾミが作ったの? 凄いわ……有難う」

 無理に笑みを作っている事が傍目にも直ぐ解る。

 どうして?

 そんな顔をさせたくて此処に連れてきたわけじゃないのに。

「朔、如何か……したの?」

 心配さから、ぎゅ、と眉間に皺が寄る。

 顔を上げた朔は最初は誤魔化そうとしていたようだったが、直ぐにまた、暗い顔へとなってしまった。

「厭だわ。私、そんなに情け無い顔をしていた……?」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、ふ、と小さく息を吐く。

 先程まで見下ろしていた花を掌に包み込むようにして、小さな唇が言葉を紡ぎ出した。

「この花は、黒龍が私に良くくれていた花なの……」

 黒龍、と。

 その人物の名を彼女の口から聞いて胸が締め付けられるような思いがした。

 名を呼ぶ声は未だに深い愛に満ちていて、彼女の心が他の誰にも向くことの無い事を告げている。

「不器用な人で……結局、あの人が私にくれたのは、神子としての力と、想いと……この花くらい……」

 朔は、自分の想いを知らない。

 だからこそこんな風に打ち明けてくれている。

 此処で、哀しい顔をしてはいけない。

 想いを知られてはいけない。

 そんな考えが、自分の心を押し殺した発言をさせる。

「――黒龍は、朔を……愛していたんだね……」

 そして、朔も黒龍を愛していた。

 その事実は胸を抉るナイフ。

 シロツメクサを新たに指に絡め、小さな輪を作り上げる。

「……ごめんなさいノゾミ。折角連れて来てくれたのにこんな話をしてしまって」

「いいんだ」

咄嗟に口に出た言葉だった。

「……いいんだ」

 小さな輪を摘むようにして持ち、朔の左手を取ると、その細い薬指に輪を通した。

 未だこの世界には左手の薬指に指輪、という習慣はないだろう。

 だから出来た行為。

 密やかな愛の告白と、密やかな宣戦布告。

「誕生日の贈り物だよ」

 これは本当にただの自己満足で、少しの意地悪。

「ふふ、可愛いわ。有難う」

 何も知らずに微笑む君に、少しだけ胸が痛んだけれど。

「――気に入ってくれたなら、良かった」

 如何か一時の夢を見させて欲しい。

 情けない程に愚かで、涙が出そうな程甘い夢を見させて欲しい。

 そう、せめて。

 せめて、このシロツメクサの指輪が、枯れてしまう迄は―――。


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