月が満ちる――。

 私は、望月になるのを指折り数えて待っているのだ。

 何時も一緒だった、ずっと一緒だと思っていた将臣くんに逢える夜だから――。


「……将臣くん」

 鎧に身を包み机に腰掛けた姿は教室という空間の中では異物でしかない。

 それは彼の、時間の経過をものかたっているかのようだ。

 別人のように感じた、とは言わないけれど。

 知らない人になっちゃったみたいだと思う事はある。

「遅かったな」

「うん、何か眠れなくて……待った?」

「待った。今日は来ねえのかと思ったぜ」

 悪戯っぽく唇の端を吊り上げる将臣くんに合わせるように私も目を細めて笑う。

 将臣くんと向かい合わせになるように、真正面の机に寄り掛かる。

「待たせてごめん、ね、許して?」

 両手を合わせ、顔の前に持って来て、全身で「ごめんね」のポーズ。

 そうすると将臣くんは「仕方ねぇな」という顔をわざとらしく作って許してくれるのだ。

「将臣くんは……元の世界に戻りたいって思う?」

 如何しても聞きたかったこと。

 私のこの質問に、将臣くんは困ったように眉間に皺を寄せ、極々さり気無く私から目を逸らす。

「悪ィけど…今は考えてないな。まだ遣る事が残ってから」

「……そ、っか……」

 解ってはいたけれど、実際に面と向かって言われてしまうと哀しさも一入。

 心地良いとは言えない空気が二人の間に流れる。

「望美は、帰りたいって思ってるんだろ?」

「そうだけど……」

 将臣くんを置いて帰ったって。

 将臣くんが居ないところに帰ったって。

「……寂しいよ……」

 こんな事を言ったて困らせるだけなのは解ってる。

 言葉に詰まっている様子は、見なくったって解る。

 気まずい空気を払拭するために私は努めて明るい声を出した。

「でも残念だな、元の世界で将臣くんとやりたいこと、沢山あったのに将臣くんが帰ってくるまでお預けだなんて!」

「あ、嗚呼。そりゃ悪かったな。クリスマスとかか?」

 曇った顔をしていた将臣くんも、私と話を合わせてくる。

「そうだねえ。プレゼントは貰ったけど」

 その言葉を聞くと軽く肩を竦めるような動作をしてみせ、将臣くんは笑った。

「そりゃ申し訳ない。その代わりに此処で出来る事なら出来るだけお付き合いしますケド?」

「えー、此処でー?」

 くすくすと笑いながら教室の中を見渡す。

 夢の中だって言っても、其処まで都合が良いものはない。

 けれど机の配置や、黒板の汚れ、チョークの粉の臭いなんかはやけに鮮明だ。

 懐かしさが胸に込み上げてくる。

 そういえば、放課後の教室に二人で居る、ということは今までだって無かった。

「……じゃ、一寸やってみたかった事があるんだ」

「ん? 何だ?」

 多分、今回の夢はそろそろ終わり。

 だったら目がさめた後も少しくらいは私の事を考えてくれるように。

 寄り掛かっていた机を手で弾くよう、少しだけ勢いをつけて将臣くんの方へと歩み寄る。

 一体何をするのかと此方の様子を窺っている将臣くんの両頬を掌で包み、少し上体を伸ばし、将臣くんの唇に自分の唇を重ねた。

 嗚呼、男の子の唇って思ったより柔らかいんだ、と、意外と冷静な自分に驚きながら。

「望美……?!」

 唐突な私の行動に余程驚いたのか、座っていた机から落ちそうになる将臣くんが可笑しくて、思わず声を立てて笑ってしまう。

「アハハ! …放課後の教室で、って何かロマンチックで憧れてたんだ。……ほんとは、現実の世界でしたかったけど……」

「……望美」

 将臣くんが言葉を探すように、腰を浮かせ机の上から降り、手を伸ばしてくる。

 けれど私は、将臣くんが伸ばした手から遠ざかるように数歩後ずさった。

「そろそろ起きなくちゃ。……これは夢、だもの。……じゃあね、将臣くん」

 将臣くんが引き止める声を聞かないフリをして、私はゆっくりと夢の世界から覚醒して行く。

 ――次に将臣くんに逢った時、彼はどんな顔をしているのだろうか。

 その時の事を考えると何故だか急にワクワクして来て、笑みが顔中に広がったのだった――。




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