「あれ。……もう、何で上手く出来ないんだろ?」

 清々しい朝の筈なのに、私の気分は既に下降気味。

 其れと言うのも何時まで経っても卵焼きが上手く焼けないという事実に関係している。

「……毎日のように練習してるのになあ」

 そう、毎日のように、だ。

 ――あの遙か時空を越えた世界から戻ってきて、何年が経っただろうか。

 時空を越えた事が切っ掛けとなり、私は大切な事に気づく事が出来た。

 ……自分が、誰を好きかと言うこと。

 此方の世界に戻って来てから、それはもう、本当にゆっくりとだったけれど、将臣くんとも関係も変わり、……遂に少し前に、「結婚」という形で共に暮らし始めたのだ。

「結婚が決まった時くらいから練習してたのに」

 今日は結婚して初めて将臣くんにお弁当を作る日。

 暫く喰わねー内に料理の腕上がったな。とか、お前こんなに料理上手かったのか? とか。

 其れはもう、色々色々期待していたわけだけど。

 才能と言うかセンスと言うか、矢張り如何にもそういったモノに私は恵まれなかったようで……まあ、平たく言えば今日のお弁当は失敗の部類。

 何とか見栄えだけは綺麗に整えたけれど、味のほうの保証はし兼ねる。

 後は卵焼きだけという段階になって……焦げるのだ。どうしても。卵が。

「……フライパンが悪いんだ」

 もう一度チャレンジをしようと、勿体無いと思いつつも焦げた卵を退けて準備をしながらぼやいた。

 八つ当たりだということは重々承知しているけれど、やっぱり納得がいかなかった。

 だってこれ、卵焼き専用なのに。卵焼きを作る為だけに作られたフライパンなのに。

 焦げ付く余りに卵焼きの形にすらならないと言うのは酷すぎる。

「何か良い匂いは、する」

 ……全く以って、失礼な言い方だ。

「な、何よ匂い“は”って! あ、味は良いもん! ……二割くらいは」

「残りの八割は如何した。……あーあ。卵焦がしといて良く言うぜ」

 新婚さん、って言われる部類の関係になっても、私達の会話が進歩しているかというと一寸怪しい。

 呆れたように言う将臣くんは昔のままだし、それに対する私の反応も昔のままだ。

 ……料理の腕、ちょっとは上がったとは想いたいけど。

「砂糖入れすぎなんじゃねーの。焦げやすくなるって言うだろ。……一寸貸してみろよ」

 言ったかと思えば、既に卵焼き用の長方形をしたフライパンは将臣くんの手にあった。

 フライパンに油をひき、溶いてあった砂糖入りの卵を流し入れる。

 手前に卵を巻き、巻き終えたら反対側に移してさらに薄く油をひき、卵を巻いて行く。……焦げさせもせずに。

「ええええ! 何で?! 将臣くん何時練習したの?!」

 あれだけ私が悪戦苦闘した卵焼きを将臣くんはいとも簡単に作り上げてぽん、とこれまた用意してあったお皿の上に乗せ、苦く笑う。

「練習とかするわけねぇだろ。寧ろ作ったのは今のが初めてだ。まぁ作ってるのは見た事あるけどな」

 嘘だ!

 初めてでこんな風に出来る筈がない!

 そう思うのと同時に、若しかするとそういう話もありえるのかもしれない、と頭の片隅では考える。

 ……譲くんも、料理上手だし。

 若しかすると家系的に料理の才能があるのかもしれない。

「……恐るべし、有川一族」

 妙なところでしきりに感心していると、何時の間にか将臣くんが勝手にお弁当に卵焼きを詰めていた。

 先程私が選り分けておいた、焦げ焦げの卵焼きを、だ。

「何遣ってるの将臣くん、自分の入れなよっ」

 慌てて制止しようとしたけれど、そんな反応はお見通しであったかのように、将臣くんはひょいと弁当箱を持ち上げた。

「此れはお前が作った弁当だろ? なら卵焼きもお前が作ったのを入れるのが当たり前じゃねぇか。……うん、味は悪くねぇぞ」

 ひょい、と余った焦げた卵焼きを口に入れて、将臣くんは笑う。

 その笑顔は反則だ。何も言えなくなってしまうじゃないか。

 うー。と小さく唸る私を見て、将臣くんは仕方無さそうに笑ったかと思うと、焦げ卵焼きを私の口の中に押しこんだ。……甘い味が口に広がる。

「美味いんだから良いだろ? さ、朝飯にしようぜ。折角だし俺の作った卵焼き朝飯にしてくれよな」

 事も無げに言う姿を見て、敵わないなあ、としみじみ実感させられる。

「うん」

 ひとつ返事で頷きながら新婚っていうのも悪くないなあ、と私は密かに考えていた。




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