学校の片隅に咲いた、真っ直ぐに立つ青い花弁が幾つも重なったような花を見て「この花は何?」と聞いてみたけれど、将臣くんはただ「お前が知らねぇのに、俺が花のことを知って居るわけないだろ」と言い切られた。
其の話題は其れきりだった。
特に何か考えがあって口にしたわけじゃない。
ただ、ふと目に止まったから聞いてみただけのこと。
此れが譲くんであったのならばきっと直ぐに答えてくれたか、若しくは調べてから教えてくれたりしたのだろう。
けれど将臣くんだから、一言「知らない」で終わる。
別に哀しくなんてない。
私だって解っていて聞いたのだから。
理由もなく始まって、特に意味も無く会話が終わる。
普通ならば戸惑ったりしそうなその関係だって、私達の間では当たり前のものだった。
だって、“幼馴染”だったから。
だから。
「……花、踏み潰されねぇと良いな」
こんな突拍子も無い台詞にだって、私は驚く事なく「うん」と小さく返事を出来ていた――。
「……」
今、足元にあの頃二人で見た花が咲いている。
其の花をじっと見下ろしてみても、あの日に戻れないとは解っていた。
――今、将臣くんは敵として立ちはだかっている。
「先輩、何を見ているんですか。……嗚呼、十二単ですね」
動かずにいる私を気にしてか、譲くんが私に声を掛けてきた。
「……十二単?」
其れが、此の花の名前なのだろうか。
緩く首を傾げた私に、譲くんは肯定するように頷いた。
「此の花が、如何かしたんですか?」
将臣くんと戦いに行くからか……余程私の様子は譲くんの目に可笑しく映ったのだろうか。
酷く心配そうに問いかけてくる。
何でもないよ、と言い掛けたけれど、其方の方が余計な心配をさせてしまうような気がして私は一人ごちるようにして唇を動かした。
「将臣くんと見た事がある花だな、って思って」
瞬時、何と言って良いのか解らぬような複雑な表情を浮かべる譲くんを見て、言ったことを後悔した。
けれども譲くんは、直ぐに曖昧な笑みをその顔に浮かべる。
「先輩、兄さんとのことは……きっと、大丈夫ですよ」
小さく、けれどもしっかりとした声音で紡がれる言葉は私に対しての気遣いであったのかもしれない。
「――十二単の花言葉は、“強い結びつき”……きっと、先輩と、兄さんには強い結びつきがある筈ですから」
何の確証もない、夢みたいな台詞だった。
けれど、其れに励まされたのも事実。
私と将臣くんは、強い結びつきがある? 私は、あなたと繋がっていられる?
「……行こうか」
どれ程そうしていただろうか。
私はずっと視線を逸らせなかった青い花から目を逸らし、背を向けて歩き始めた。
信じている。信じている。
今この瞬間にも、私は将臣くんのことだけを考えて居るから。
そうしてその場には、風に吹かれ、小さく揺れ続ける十二単の花が残された――。
【将臣TOP】
【遙かTOP】
十二単(アジュガ)の花言葉…日陰の愛・強い結びつき。