「……ん」
冷たい空気に身を縮まらせ、ゆっくりと覚醒し始める。
暖房器具などない時代故に余計布団から出られないように感じるのは気のせいではないだろう。
瞼を押し上げるまでは未だ至らずとも、何時もの習慣で手を探るように動かす。
――冷たい。
先生が寝ている筈の場所は、朝起きると何時も何時も冷たいのだ。
其れは私がお寝坊なだけでなく、先生の朝が早すぎるのもあるだろう。
一体何をしているのかは定かではないが、朝食の時間になると帰って来るので恐らくは修行、なのだろう。
時折食料や珍しいものを持ち帰ってくれたりもする。
そんな時思うのだ。先生は一体何時から起きているのだろうか、と。
一度で良いから先生より先に起きてみたいと思わなくとも無いのだが、如何せん今まで一度たりとも成功した例がなく、今ではすっかり諦めの境地に至っている。
重い瞼を押し上げて、隣に誰も居ない事を確認する。
ひんやりとした布団に本来ならばとても寂しいと感じるのが普通だろうけれど、私は寂しいと感じた事は余りない。
「……あ、やっぱり」
小さく声に洩れ、唇が笑みの形に綻んだ。
枕元に置かれた一輪の花。
小さな花弁が愛らしく、手に取ると自然和やかな気分になれる。
先生は、私が朝起きた時隣に居ない代わりにこうして毎朝花を一輪摘み取って私の枕元に置いていてくれるのだ。
花の季節ではない、寒い寒い冬の日ですらも。
布団から抜け出ると何よりも先に手にした花を花瓶に差す。
其処には小さなブーケがつくれそうな程に名も無い花が咲き誇っていた。
花が一輪枯れる頃、再び一輪花は増える。
ずっと此れが繰り返されるから、花が絶えることは決してないのだ。
まるで私が寂しくないようにと先生が配慮をしてくれているかのようで、喜ばずにはいられない。
「顔を洗って……朝食の準備をしなくちゃ」
今日は何時もより起きるのが遅かったようだ。
空気は冷え込んでいるけれど、外は既に明るくなっている。
朝はしっかり食べないといけないから、結構な時間が掛かるが、食べてくれている時の先生の顔を想像しながら作ると、其の時間はとてもとても短く思えるのだ。
そうして朝食が出来上がったタイミングを見計らったように先生がおはようの挨拶と共に帰ってくるのだ。
「お早う御座います。そして、お帰りなさい。朝ごはんできてますよ」
「……良い匂いだな」
先生は何時も優しく笑ってくれる。
――私はこの瞬間が一番好き。
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