九郎さんは、大事にする人だと思う。
何を大事にするのかといえばそれは色々。
自分のお兄さんだったり先生だったり仲間だったり信条だったり、過去だったり。
その上至極真直ぐだったりするものだから、彼はとても綺麗な生き方をしているように見える。羨ましい話だ。
そんな人だから、何時の間にか私は、九郎さんを目で追うようになっていた――。
九郎さんと弁慶さんが会話をしているのを何となしに眺めていた。
別段聞き耳を立てているわけでもなかったのだけれど、時折、二人の言葉が耳に入ってくる。
「――からな。弁慶、そういうところは相変わらずか」
「君に言われたくはないですね。君の方が余程昔と変わっていない」
言葉だけでは憎まれ口の応酬とも取れるのに、二人の表情は和やかなものだ。
以前からの知り合い。以前からの付き合い。
其れは私が此方に来る前に起こった出来事。
どれ程気に掛かっても、恐らく此の程度では逆鱗の力を使い、過去の片鱗を覗く事は叶わぬのだろう。
――なんとも言えぬ、疎外感。
其れは九郎さんが過去の出来事や思い出を誰かと語っているときに沸き起こるもの。
言うなれば此れは、嫉妬、というものなのだろう。
至極馬鹿馬鹿しい話だと自分を窘めてみたとて、どうにも収まりがつかなかった。
ハァと深い溜息ひとつ。
零れ落ちたところで、光を遮るように影が出来た事に気づいた。
「おい、望美。何をぼんやりしている」
影を作った人物は紛うことない、九郎さんだ。
「わっ! べ、弁慶さんは如何したんですか?!」
驚いたのは、突如近くで掛けられた声の所為だけではない。
先程まで確かに其処に居て九郎さんと話していた人の姿が消えてしまっていたからだ。
「弁慶は今度の戦に備えて薬草を集めに行ったぞ。気付いてなかったのか……陽に当たり過ぎたか?」
押さえるように洩れた声は、気遣ってのことだったか。
僅かに身を屈め、九郎さんが顔を覗き込んでくる。
「今日は然程日差しは強くない筈だが――」
視界の端で彼の長い髪がふわ、りと揺れた。
陽に? そんな筈無いではないか。
真夏なら未だしも、今の季節に熱中症になる人だなんて、聴いた事がない。
嗚呼、でも。何故だろうか。
俄かに近づいた九郎さんを見ていると 眩暈が しそうになる……。
「――ッ! へ、平気です! 一寸ぼんやりしてただけです!!」
返事の無い私に気付いてか、九郎さんの手が伸びてきた。
其れを視界に入れた瞬間に弾かれたように私の口から言葉が洩れ出てくる。
九郎さんは私の反応の速さに些か驚いたような顔をしたが、「そうか」と一言口にすると手持ち無沙汰に伸ばしかけていた手を下げた。
自分で拒否したくせに、其れが何だか名残惜しくて……そんな気持ちを打ち払うべく、私は自ら話題を変えた。
「……九郎さんと弁慶さんは、仲が良いんですね」
唐突ともとれる私の言葉に、九郎さん嗚呼、と声を漏らし頷いてみせる。
「長い付き合いだからな。何を考えているのか解らないこともあるが――俺は弁慶を信頼している」
嘘偽りの無い言葉は、真にそう思っているからこそ紡がれるもの。
羨ましかった。
そんな風にはっきりと言える九郎さんが。
……こんな風に、はっきりと言って貰える、弁慶さんが。
「……私も、少しは信頼されてますか?」
口喧嘩になりやすい、私達の会話。
こんな風なことを聞くのは滅多に無い。
だからこそ、九郎さんは些か面食らったように瞬きをし――破顔した。
「無論だ。本来ならば女人を戦場に立たせるべきではないと思うが……お前が居てくれて、心強く思う」
当たり前だろうと言う力強い言葉は、本当に、もう、それだけで満足できるもの。
凄く凄く嬉しくて、傍に居てもいいんだって思えた。
九郎さんの過去の事は知らない。知りようもない。
けれど、此れから同じく時を重ねてゆく事は出来る。
遠い先の未来で、未だ見知らぬ貴方の傍に居られることだけを切に願い、乞う。
過去などと言うのは、彼が生まれてきてくれたという事だけで私は十分。
……生まれて来てくれて、此処にいてくれて、有難う。
でも其れを口にすると、きっと九郎さんはわけが解らず困ってしまうだろうから。
だから、その言葉を笑顔に変えてしまおう。
「これからも、頼りにしてくださいね」
貴方が迷いなく進めるように、私は頑張ります。
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