九郎さんは、自分の信じるものとか、大事な人の為だとか。

 そういったものになると、とても熱い人だな、と思う時がある。

 けれど、そのような生き方でさえ私には、酷く清々しく見えるのだ――。



「――いや、このまま進むのは危険だ」

 良く通る声が、戦場に響き渡った。

 予想外と言えば、予想外だったのかもしれない。

 危険を危惧し、制止を掛けるのは何処となく景時さんだというイメージがあったからだ。

 そう、九郎さんは逆に、突き進んで道を開いて行こうとするような――そんな、印象だった。

「うん。九郎の言う通りだよ。恐らく敵は此方の動きを予想していると思う。恐らく、伏兵が居る筈だ」

 九郎さんの言葉に同意を示すように景時さんが頷くと、其れに続く説明をしていた。

 其れに対し、九郎さんは重苦しく頷いて見せると、周囲一体の地形が描かれている地図を広げた。

 地元の者に作らせた地図は緻密で、裏道や潜むことが出来そうな場所も予測することは容易だった。

「出来れば罠に掛かった振りをして伏兵部隊を挟み撃ちにしたい。……景時、場所は絞れるか?」

 この辺りは入り組んだ地形で、幾つか拠点となりそうな場所がある。

 少々考えるような素振りを見せ乍も景時さんは幾つか地図上を指差してみせた。

「恐らく、居るとしたら此の五箇所。……若しかしたら複数分裂しているかもしれない」

「――見て来よう」

 其れまで口を閉ざしていた先生が、徐に口を開くと制止する間も無く姿を消した。

 時間は其れ程掛からぬだろう。

 此れで被害を確実に最小限に留めることが出来る。

「伏兵へ奇襲を掛けるのは少人数が良い。――本陣も手薄に出来ん、か」

 真剣に思考をめぐらせる姿は、戦人に他ならない。

「九郎さんは、本陣に残って居た方が良いんじゃないですか」

 さり気無い私の提案を九郎さんは緩く首を振る事で拒否してみせる。

「敵本陣に一番近い伏兵部隊を叩き、そのまま進軍する。此方には景時を居させよう」

 確かに、敵陣の動揺を突いて乗り込むのは得策だ。

 成る程と頷いて、私は胸に手を添え、決意を新たにするように志願をする。

「それじゃあ、私も九郎さんの隊に加えてください」

「駄目だ。――危険すぎる」

 其の言葉に、思わず眉間が寄った。

 危険だ、と言う癖に自らは真っ先に危険に乗り出そうとする。

 雄々しいと言えば聞こえは良いが、彼の其れは単なる無謀だ。

「……九郎さんだけでも危険ですよ。駄目だと言われても。……一人でも、着いて行きますから」

 如何して自分を大事にしないのだろうと言う苛立ちが、知らず知らず語気を強くする。

 その態度に九郎さんは何か言いたげに唇を開いたが、やがて緩く溜息を吐いた。

「仕方あるまい。しかしお前を危険な目に合わせるわけには行かん。…決して、離れるな」

 護る等、そういった言葉は一切吐かれなかったが、そう決意してくれている事は解る。

 なれば尚更、自分の身は自分で護らなければならない。

 ――この人を傷つけさせはしない。

 他の皆も共に来たがるのを制し、先生が情報を持って戻って来るのを待ってから、私達は密やかに出陣した――。


 敵の伏兵を叩く事は先生の情報もあって比較的容易に達成することが出来た。

 其の勢いに乗り、他の少数の部隊を合流を果たし、私と九郎さんは敵本陣に乗り込んだ。

 しかし……。

「怯むなッ! 敵に背を向けず、立ち向かえ!!」

 血臭と熱気が戦場を覆い尽す。

 敵の裏を斯いた心算であったのに、我々がこうして本陣に少数で乗り込んで来る事も敵の予想の内だったのだ。

 ――嵌められた。

 険しい岩場を背にし、幾ら猛々しく剣を振るおうと、多勢に無勢、万に一つも此の人数で状況を打破する法は無い。

「駄目です! もう持ちません……!」

 選りすぐりの兵達も、成す術もなく倒れて行く。

 あと少し、……もう少しだけ耐えれば、必ず援軍は辿り着く……。

「危ないっ!」

 敵も信じられぬ粘りに業を切らしたのか、九郎にばかり攻撃を仕掛けてくるようになった。

 彼に向けて振るわれた刃を払いながら、九郎と背中合わせになるように立った。

「すまない、助かった。――矢張り、お前を連れてくるべきではなかったな」

 後悔のような台詞が彼の口から漏れたが、それは、絶望に瀕しての台詞ではなかった。

 只、私の身を案じているような、そんな響き。

「必ず生き延びよう。……源九郎義経、参る!」

 逆境に陥った彼の剣は見る見る冴え渡って行く。

 同じ師についているというのに、九郎さんの剣はとても美しかった。

 まるで戦場に華が咲いたような洗練された動作だ。

 負けていられない。

 そう、思った。

 一人、二人と味方が減って行く。

 私達は只管に剣を振るいながら、耐え忍んだ。

 永遠とも思えるような時間。

 最早剣を握る手の感覚すら解らない状態になった頃、敵の陣が崩れたのを知った。

 間に合ったのだ……。

 援軍が辿り着いた事に気付き、私は九郎さんと互いに顔を見合わせ、頷きあった。

 そうして感覚を取り戻すかのように剣をきつく握り、振るい上げる。

 ――其処に、言葉は必要無かった――。


【九郎TOP】
【遙かTOP】





イメージ花は忍。土が無い所でも育つ花で、耐え忍ぶところから名づけられたそうです。

花言葉は清涼。

何となく二人は平和な時は青臭い恋愛をして、戦場に在れば戦友っぽい感じであれば良いなあ、と思いました。

でも此れカップリングじゃないですね(笑)