緑と呼ぶには些か足りない、落ち着いた色合いの世界が広がる。

 秋と言い切るには少し肌寒くなりすぎた感が否めないが、其れでも景色は未だ秋の風情だ。

「――空気、とても澄んでますねー」

 寒さをものともしないように大きく息を吸い込むものの、望美の頬は少し紅い色をし、風が冷たい事を如実に体現している。

「嗚呼。矢張り俺は此方の方が落ち着くな。……だが、本当に良かったのか?」

 少しだけ顔を歪めるようにしながら問い掛けるのは、僅かながらに己に付き合わせているのでは、という危惧があるからか。

 けれども心配はまるで杞憂であるかのように望美はゆっくりと顔中に笑みを広げた。

「私も、こっちの方が良いんですよ。やっぱり、自然がいっぱいある所に住みたいです」

 広がる自然を視界に収め、満足そうに。



 ――此処は現代で元々住んでいた場所よりも、随分と田舎だった。

 隣の家までは随分と離れていて、店も余り見当たらない。

 若い人もそう居らず静かに緩やかに時が流れている場所だった。

「だが、お前はずっとあの家に住んで来たのだろう? ……此処は、随分と不便じゃないか?」

 九郎の言葉に望美は笑う。

 何を今更と言うように。

「九郎さん。もう住むお家だって決めちゃったんですよ? 二人で選んで、此れから先ずっと住んで行くんです。……其れに、不便さで云うならあっちの世界の方が随分不便でしたよ」

 悪戯っぽく笑い喩えに引き出したのは、九郎が元居た世界のこと。

 其れを云われると反論が出来ぬように九郎も「そうだな」と曖昧に頷いた。

 ――此方の世界で暮らすようになって、幾年かの時が過ぎた。

 此方の生活に慣れたとは云っても、矢張りこういった自然に囲まれた方が居心地が良いのだろう。

 ……九郎さんは、そんな人だから。

 そう、望美は思う。

 だからこそ移り住むとなった時に自然の多い此の地を選んだ。

 都会とは違い、緩やかな時間が流れる場所を。

 望美はそっと己の腹部に手を添えた。

 大事に大事に、慈しむような手付きで。

 其の仕草が何を現すのか、九郎はもう既に解っている。

 ――そう、この転居はもう一人増える家族の為でもあるのだから。

「生まれてくる子の為にも、ね?」

 そう望美が告げると、九郎は少し、安心したように笑った。

「ねぇ、九郎さん。庭には柿の木を植えましょう? 柿の実が立派に実る時には、きっと此の子も元気に育ってくれていますよ」

 謳うように紡がれる、幸せな予想図。

 其の言葉に誘われて九郎は口許を僅かに緩め、笑った。

「嗚呼、そうだな……」

 瞼の裏に浮かんで来そうな幸せな風景に、九郎は天を仰ぎ眩しそうに目を細めたのだった――。





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