今日は良く空が晴れている。
 空気はとても冷たいけれど、其れを差し引いても出かけるのにはぴったりな天気と言えよう。
「……あ、そうだ」
 ぽん、と手を打ちバックを持ち自宅の玄関へ向かう。
「あら? 望美何処かに行くの? 珍しいわねこんな時間から……」
 靴を履いていた途中、母親に声を掛けられてその動きを止めた。
 時刻は9時。
 母親の驚いた声に、どれ程普段の自分の活動時間は遅いのだろうかと思わず苦笑いになる。
「クリスマスの買出し。行ってきまーす」
 行ってらっしゃい。と見送りの言葉を微かに聞きながら、バタン、と扉は閉めたのだった。
 玄関から出た所で、フォン、と何かが風を切る音が聞こえる。
 隣の家の庭から聞こえる音には粗方の予想が付き、其のまま隣の家の門を潜り庭へと向かった。
「九郎さん! 稽古ですか?」
 庭には予想通りの人物の背中が見えた。その背中からは木刀を振るっている事が知れる。
 声を掛けたところで彼は動きを止め、此方を振り返った。
「嗚呼。鍛錬は欠かせないからな。時間があったら共にやるか?」
 その誘いを断るのは申し訳ない気持ちに駆られるが、今日は予定があるから仕方がない。
 風に靡く髪を耳に掛けながら、緩く小首を傾げた。
「うーん。そうしたいんですけど、今日は買出ししようと思って……あ、将臣くん居ます?」
「将臣か……?確か用事があると出て行ったようだが……」
 記憶を辿るように紡がれた答えは、酷く落胆を誘うものだった。
「もう。将臣くんってば荷物持ってくれるって言ったのに肝心な時に居ないんだから」
 とは言うものの、元々この日に約束していたわけではないのだから八つ当たりに過ぎない。
 仕方無い、と諦めようとした所で、声が掛かる。
「将臣を呼ぶと云う事はそれなりの荷物なのだろう? 俺が持とう。……少し待っていろ」
「え? でも……」
 突然の申し出を咄嗟に受けて良いか如何か悩んでいるうちに、彼は木刀を戻しに一旦家の中へと戻って行った。
 こんな展開になるとは思わなかった、と真っ白い雲が浮かぶ空を仰いだ。


「――多分これで十分だとは思いますけど」
「……何やら色紙など色々買ったな……」
 紙袋の中に入ったものを眺めながら感心したように言っている。
 量に反して値段は其れ程掛かって居ない、本当にお遊戯会に飾りつけみたいなもの。
「景時さんとかが飾りつけもしっかりやりたい、って言ってたんで……皆で準備するのも楽しいかなって」
 例えば折り紙で作った輪を連ねたり、お花を作ったり。
 そんな風に指折り数え、九郎さんも作りましょうね。と笑いかける。
 こんな事をしている場合ではないのだがな。とそう口にしてはいるものの、満更でも無さそうな表情をしていた。
「あんまりお財布にお金入れて来て無かったですし、そろそろ戻りましょうか?」
「ああ」
 がさ、と袋を持ち直し、人込みの中に紛れるように二人並んで歩き出した。
 殆どの袋を彼が持ってくれているので、今手に持っているのは小さな袋のみ。
 それでも彼はそんな荷物なんてまるで無いかのように揚々と歩いている。
 家へ帰る為の駅へと向かう途中、露店が並ぶ路地でふと目に付くものがあった。
「わ、可愛い」
 思った事がそのまま声に出てしまい、それを聞きとめたのか、見て良いぞ。と言葉が投げかけられる。
 近寄って手に取ったのは、木製の小さな小箱。
 小物入れとして販売されていたそれは、シンプルな作りながらも冬をモチーフにしているデザインがとても好感が持てた。
 クリスマスシーズンだからだろう、期間限定の札が付けられている。
「……あ、でも一寸高いなあ」
 現在財布に残っているお金を思い出し、買えるけれど買ってしまうと中身が少し侘しいことになってしまう。
「無計画に買い過ぎるから、余裕がなくなるんだぞ」
 管理がなってないと言わんばかりの台詞に、少なからずムッとなり、片眉を跳ねさせた。
「別に買うとか言ってません。いいな、って思っただけです!…ほら、もう帰りましょう!」
「な、何を怒っているんだ?」
「怒ってません!」
 ただ、「残念だったな」とかそんな台詞くらいは向けて欲しかっただけ。
 こんなことで拗ねたような台詞を吐いてしまうのはいけないことだって解っているけど、何だかとても面白くなかった。
「九郎さん早く!」
「あ、ああ…」
 歩き出しても一向に来ない彼を呼び、漸く帰路へと着いたのだった。
 ――帰りの電車の中では、特に差し障りのない会話しか、交わされなかった。


 ――翌日――
「将臣くんってば昨日荷物もちになって貰おうと思ったらいないんだもん」
「悪ィ悪ィ。新作のゲームが出るっつーんで買いに行ってたんだよ」
 幼馴染の家の居間で昨日の事についての不平をぶつける。
 単に言いたいだけだという事はバレてしまっているのか、返される言葉はヤケに軽い。
「……何だ、声がすると思ったら来ていたのか。丁度良かった」
 誰かか居間に足を踏み入れたかと思うと、呼びかけられる声が聞こえた。
「? 何が丁度良かったんですか、九郎さん?」
「いや……。木彫りを、していて。何を作るか悩んでしまってな……」
 何を言いたいのか良く解らずに、言いよどむ姿を眺めていると照れているのか顔を赤くして彼は顔を背けた。
「だから此れをやる! べ、別にお前の為に作ったわけではないからな!」
 乱暴に手渡されたものを反射的に受け取り、手に乗ったものを見遣った。
「……これって……」
 それは、昨日露店で売っていた小物入れに似た小箱。
 売り物よりも削りは勿論荒かったけれど、その分どこか温かみがある。
「俺が持っていても仕方がないからお前が使うなら、と思っただけだ!」
「……あ、ありがとうございます九郎さん。大事に使いますね!」
 ぎゅ、と箱を抱きしめる姿を見て、何だか彼も少し安心したような表情になった。
「……お。何だ望美だけ貰って。……九郎さぁん、将臣にも何かちょうだーい」
 裏声を使い悪戯っぽく言葉を投げかける。
 其れには厭そうな顔をし、軽い溜息を吐く音が聞こえた。
「何が九郎さん、だ。お前だってこの程度作れるだろう」
「いけず」
 二人のある意味楽しそうな会話を聞きながら、腕の中の小箱に視線を落とす。
 大切なものを入れる筈の箱なのに、この箱が一番大切なものになりそうだ……と、自然に顔が綻んだ。




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