この世界は心地好い。
面白い機械というからくりがあり、それら全てがとてもよく出来ているのだ。
新しいものを沢山見られて、色々なものに触れられて。
朔なんかには「兄上はあちらの世界にいた頃より楽しそうだわ」って、言われちゃったりなんかして。
ああ、でも強ち外れてはいないんだとも思う。
こうやって誰とも対立せずに笑っていられるんだから。
これってほんと、素敵なことなんじゃないかな?
「あれ? 景時さん一人ですか?」
テレビに見入っていたところで掛かった声に、画面から視線を外し、常にみんなの中心にいる少女を見やった。
「ああ、望美ちゃん。……あれ? さっきまでいたと思ったんだけどな〜? どこ行ったんだろ?」
テレビを真剣に見過ぎて皆が散々になったのにも気付かなかったのだろうか。
すっかり勘も鈍ってしまっていると思うと思わず苦い笑みが口に浮かんだ。
「部屋にでも戻ったのかな、ごめんね気付かなくって〜」
いいんですよ。と綺麗な笑顔を浮かべ、二人並ぶように少女はソファに腰掛けた。
「何見てたんですか?」
小首を傾げて問い掛けてくる少女の姿は微笑ましく目に移り、妹を相手にしている時とは違った愛しさがほんわり胸に込み上げて来る。
「ん? ええっと、食べ物屋さんとか巡って、紹介してるみたいなんだけど……」
「ああ、グルメ番組ですね」
拙い説明でも十分伝わったようで心得たと言う風に軽く頷き、少女はテレビを一緒に見始めた。
少女に気が移っている間にテレビの映像は別の店に変わってしまっていたが、別に気にはならない。
この世界には興味深いものが沢山あるけれど、自分が今一番気に掛かっているのは隣に座っている子の事なんだから。
一緒の景色を見て居る、なんて甘い恋物語の一節には程遠い、テレビを共に見るという行為。
君の目に映るもの全てを見てみたいんだ、なんて、そんな事は言わないけど。
こんな風にしていると、幸せだなあ、って心から思うよ。
言葉を交わさずテレビを見て、その内容についての話をする。
これって二人だけの秘密みたいだ。
「此処の喫茶店、本当にコーヒーが美味しそうですね」
「うん。そうだね。この、モカっていうの、いいな〜」
他愛の無い会話。穏かな空気。
言ってしまおうか?黙ってしまおうか?
この胸に浮かんでくる気持ち。
告げてしまいたい。応えて貰いたい。
黄道吉日。
今日はきっと何でも上手く行く日なんだから。
「望美ちゃん――」
「何だ、望美来てたのか」
「あ、将臣くん」
まるで見計らったかのような間合い。
思わず肩を落としてしまいそうになるのを堪えながら、オレも彼に挨拶をした。
「あーあ……」
落胆の声をついつい漏らしてしまったけれど、其れは二人には気取られなかったようだった。
「そういえばさっき景時さん、何か言いかけてませんでした?」
「え? ああ、うん。な、何だったっけな〜忘れちゃったみたいだ、ごめんね〜」
そうですか?なんて、不思議そうな顔をしているけど、流石にこの状況じゃ言えるわけがない。
黄道吉日と言えども、今日はもうこれ以上機会に恵まれそうにもない。
少しばかり残念な気がするが、まぁ良いかと思う自分もいる。
彼女が来たことを知ってからか他の皆もリビングに集まって来た。
人数が多くなると賑やかなもので、其れがまた、心地良い。
うん、オレはこれだけでも十分満足かもしれない。
みんなが居て、君が居て、みんなで笑って。
嗚呼、今日もなんて素敵な一日。
※黄道吉日(こうどうきちじつ)・・・陰陽道で、何事を行うにも吉とする日のこと。
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