冷たい空気が指先を冷やす。

 こんな時は洗濯するのが凄く大変だ。

 ハァ、と息を手に吹きかけながら、私は抱えた洗濯ものの山を見詰めた。

「……一人でお洗濯って、何か寂しいなあ」

 普通は其れが当たり前で、一般的なのだろうけど。

「景時さんは居たら一緒にやってくれるもんね」

 今日はお仕事でいないけど。

 そう思うと少し寂しくて、しょんぼりと肩を落としてしまう。

「望美? 如何したの?」

 不意に邸の中から聴こえた声は誰だと思う必要も無い。

 戦に出ていた頃からずっと一緒に居てくれた、私の親友。

「朔。ええと、洗濯物干そうと思って」

 洗濯物の入った籠を掲げてみせるようにすると、朔は納得したように頷き、其の侭庭に降りて近づいて来る。

 そして、俄かに腕捲りをするような仕草をしてにこりと微笑んで見せた。

「今日は兄上が朝早くから出かけているものね。手伝うわ、寒いし、早く終わらせてしまいましょう」

 この思ってもみない申し出に、私は一、二も無く頷いたのだった。



「朔はお洗濯好き?」

 パン、と一度洗濯物を広げて干しながら、朔に問い掛けた。

「そうね……、兄上程ではないわ。私はどちらかというと室内の仕事の方が好きね」

 くす、と小さく笑い、朔は私の方を見て緩く笑んだ。

「望美が兄上の元に嫁いで良かった事は唯一、洗濯を手伝ってくれることかもしれないわね」

 戯言だと解っているのに、悪戯っぽい朔の台詞に思わず私は反応した。

「そんな事無いよ! 景時さん優しいし、……その、何より……景時さんのこと、好きだもん」

 沢山沢山良い所はあるのに、上手く言えなくて、何より懸命に言っている自分が恥ずかしい。

 思わず口篭ってしまった私に気付いてか、朔はくすりと笑みを洩らした。

「惚気られてしまったわ。ふふ、兄上と望美が上手くやってくれるのは、私としても嬉しい事なのだけれど」

 からかうつもりではないのだろうけれど、朔の言葉はとても恥ずかしくて、誤魔化すように大きな布を持ち、広げようとした。

「手伝うよ」

 極々近くで聴こえたかと思うと、急に持った布の重みが消え、ふわりと目前に広がった。

「――景時さん!」

 私の両脇から伸びた腕と、手馴れた洗濯物の干し方、仰ぎ見てみれば、会話を聞いていたのか少し照れくさそうに笑う彼がいた。

「あら兄上、帰っていらしたの。そう言う事でしたら後は二人に任せるわね」

「うん、望美ちゃんを手伝ってくれて有難う朔」

 突然のことに何も言えずにいる私を余所に、二人は兄妹らしく一見和やかに会話を終え、朔は直ぐに去ってしまう。

 そのタイミングを見計らったように景時さんはそっとそのまま私を両腕に抱きしめた。

「……い、何時から聞いてたんですか、景時さん」

「――朔が、望美ちゃんがオレと結婚して良かった事は洗濯手伝う事だけ、って辺りから」

 それでは、恥ずかしい台詞を丸々聞かれてしまっていたのだ。

 正面切って告白するより何倍も恥ずかしく、思わず黙り込み、俯いてしまう。

「……オレも望美ちゃんのこと、大好きだよ。頼りにならないヤツかもしれないけど、此の気持ちだけは誰にも負けないから」

 触れ合う部分が暖かく、先程まで寒さに震えながら洗濯物を干していたことを忘れさせる。

 そんなにもあたたかい景時さんはきっと気付いて居ない。

 あなたと言う存在が私にとってどれだけ大切なのかと言うこと。

 傍に居るだけで幸せな気持ちになれる、特別な存在であること。

 多分景時さんが思って居る以上に私が景時さんが好きなこと。

 でも、やっぱりそれは上手く言えなくて、私は景時さんの腕に包まれ俯いたまま呟いた。



「――頼りにならないとか、思った事ないですよ……」



【景時TOP】
【遙かTOP】