「何か欲しいものとか無いですか?」

 日が暮れる前に取り込んだ洗濯物を入れた籠を抱えた景時さんに問い掛けると、僅かに首を傾げられる。

「……え? 如何したの急に?」

 お日様の光をいっぱい浴びた洗濯物と、やっぱりお日様の光をいっぱい浴びたような、景時さんの笑顔。

 其の笑顔につられるよう、自然に私も笑みを浮かべながらも、この質問の理由がまったくわからないような景時さんにやっぱりか、と言う気分になった。

「贈り物、したいんです。今日、景時さんお誕生日だから」

 だから祝いたいんです。

 言葉にはっきり出さずとも、その意図は伝わったようで途端に景時さんは少し照れくさそうな顔をしてみせる。

 少しだけ、困ったような声を漏らし乍。

「そう、だったね。望美ちゃんの世界では生まれた其の日に祝うんだったよね」

 嬉しいけど、態々オレの為なんかにそこまでしてくれなくていいよ。

 気持ちだけで十分だと言わんばかりの口振りは、私に寂しい思いをさせているだなんて予想もしていないんだろう。

 祝いたいんですよ。

 私にとってみれば誕生日というのは一大イベントで、特別に好きな人が出来たのなら思いっきり祝いたいって思ってた。

 生まれてきてくれて有難う。

 そんな風に心から思うのには、私はあまりに平和な世界を生きてきたけれど。

 この世界に来て、あなたが生まれ、生きていてくれている素晴らしさを知った。

 だから、この感謝の気持ちを祝うことで示したかったと言うのに。

「……義務とかそんな風に思っているんじゃなくて、祝いたいんですよ」

 重ねて言えば、景時さんは私の気持ちを汲んでくれたのか少しだけ優しげに目元を緩める。

 両手に洗濯籠を抱えてなければ、頭を撫でてくれていたのではないかと思えるくらいに、穏やかなお兄さんみたいな雰囲気を漂わせて。

「……有難う。……でも今欲しいもの、って言うのは特に思い浮かばないんだよね」

 少し考えをめぐらすような素振りをしてみせてから、ね? と返事を促してみせる。

 ……正直、私も景時さんが欲しいものなんて思い浮かばなかった。

 景時さんが喜びそうなものは此方の世界に何一つ持ってこれてはいなかったから。

 では、この世界で景時さんが喜びそうなものは何かと考えてみても、用意できないものばかり。

 例えば洗濯日和だったり(私は天候を操れるわけじゃない)、

 例えば朔から叱られないようになるとかだったり(でも朔に叱られている景時さんは少しも厭そうではない)、

 ……例えば、裏切らずに済むような、未来だったり。

 こうやって考えてみても、私は余りにも無力で何かを手に入れる事も容易じゃない。

 押し黙った私を見て、景時さんは少し慌てたように視線を彷徨わせた後、そうだ、と声を漏らした。

「じゃ、洗濯物畳むの手伝ってくれないかな? いっぱいあるんだ」

 掲げてみせるように腕の中の籠を動かし、手伝ってくれると凄く助かる、と言う風に笑ってみせる。

 ……そんなもの、プレゼントにならない。

 そう思うのだけれど、無欲そうな顔をして笑う景時さんを見ると、もう何も言えなくなってしまう。

 気を使われているのかと勘繰りたくなる程だ。

「……私、畳むの遅いし、ぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれないですよ」

 直ぐにはい、って返事するのも躊躇われて、呟くように言葉を発すると其れでも良いよと景時さんは、笑う。

「望美ちゃんと一緒に居られることが何よりの贈り物だから」

 ――事も無げに。

 景時さんは、さらりと此方が赤面してしまうような事を言う。

 其れが故意とかじゃないから怒れもしないし、照れてしまうのも躊躇われるのだ。

 少し俯いて、「解りました」と返事を漏らす。

 すると促すような景時さんの声が聞こえ、二人して歩き出す。

 景時さんは私に歩調を合わせる。

 火照った頬を見られるのが恥ずかしくって、何で歩調を合わせて歩くんだろう、と理不尽な怒りすら沸いてくる。

 鼻歌でも奏で出しかねない様子の彼を隣に、来年はもっと欲深くなって貰おうとひっそりと思った。






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