「……おなか、空きましたね」

 先程まで戦っていた怨霊は非常に手強く、一旦形勢を立て直すために私達は撤退することにした。

 何とか撤退できそうだ、と。

 そう思った時に、怨霊は円陣に飛び込んでくるようにして、結局散り散りに逃げる破目になった。

「あー、ご、ごめんね望美ちゃん、頼りにならなくて」

 ――今現在、合流できた人は景時さんただ一人。

 別段景時さんを責めているつもりは無かった。

 ただちょっと疲れた空気が漂っていたから、話題転換の為に話を切り出しただけ。

 でも、景時さんの反応を見ると話題選びに失敗してしまったことが解った。

 とても申し訳なさそうな顔をしてしまっていて、此方の方が悪いことをしたような気になってしまう。

「もう、景時さんは頼りになりますよ。今だって式神を使ってみんなの場所調べてくれてるじゃないですか。何より、一人じゃないって心強いですよ」

 これは本音だ。一人じゃ本当に如何しようもなくなっていただろうから。

 そう言うと景時さんは少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせる。

 景時さんの笑顔を見ると、何だか落ち着くような、そんな気がした。

「ありがと。まあ、式神っていっても、オレの式神だからやっぱり頼りないかもしれないけど……望美ちゃんが居るから、きっと白龍が見つけてくれると思うよ」

 景時さんの云う通りで、白龍は私が何処にいるのかが直ぐ解るようなことを言っていた。

 ならば合流するのも時間の問題だろう。

 と、なると――。

「其れ迄に何か少し御腹に入れておきたいんですよね。合流したらきっと、そのまま戻るでしょうし」

 きょろきょろと周囲を見渡し、何か実でもなってないだろうかと探し始める。

 はしたないかな、とも思ったけれど、私もこちらの世界に来て随分と逞しくなったような気がする。

 ふと、その時視線の先に、紅い何かが見えた。

「あっ。ヘビイチゴ!」

 幼い頃に良く将臣くんや譲くんと一緒に採って食べていた。

 食べれるものを見つけた嬉しさと、懐かしさに私は草地に生えているものに駆け寄った。

 御腹の足しにはならないだろうけれど、其れでも口に運べるものがあるというのは嬉しいもの。

 早速とばかりにヘビイチゴのひとつに手を伸ばした私を、景時さんが慌てて押し留めた。

「ど、如何したんですか景時さん?」

 腕を私とヘビイチゴとの間に差し入れるようにして、手を伸ばさせないようにしている。

 景時さんの顔を見遣ると、彼は少しばかり心配そうな顔をしてみせたのだ。

「ヘビイチゴって、毒があるんじゃなかったっけ。危ないよ、望美ちゃん」

 私は驚いて目を見開いた。

 ヘビイチゴに毒があるのならば、私なんてとうの昔にヘビイチゴの毒に冒されているということになる。

 其処でふと、聞いた事のあるような話だと気付き、思い出した。

「ふふ、大丈夫ですよ景時さん、俗説で毒があるってされてるらしいですけど、其れって誤りなんですって。私、幼い頃は良く将臣くん達と食べてましたし」

 思わず笑みを洩らしながら、景時さんにそう告げると、彼はきょとんとした顔になる。

 でもそれも一瞬、直ぐにそうだったのかと納得すると照れくさそうな顔をし、腕を引いて頭を掻いていた。

「望美ちゃんの方が物知りだね。いや、ちょっと恥ずかしいな」

 偶然の知識を褒められて、少しばかり面映い感じもしたけれど、景時さんが心配してくれたことが何より嬉しかった。

 其れを誤魔化すみたいに態と悪戯っぽい表情を作り、ひとつ、ヘビイチゴを手に取り、指でヘビイチゴを開くように中を確認してみせた。

 ヘビイチゴという名前を持っているけれど、蛇は食べない。

 しかし、中に虫が居る場合もあるのでちゃんと見ておかなくてはならないのだ。

 中に虫が居ない事を確認すると、私は其れを景時さんに手渡した。

 景時さんは戸惑う表情を見せるものの、有難う、とお礼を言って、そのまま口に放り込んでくれる。

 其れを見届け終わる前に私は自分の分のヘビイチゴを採り、先程と同じ手順で確認をすると口に投げ込んだ。

 ヘビイチゴは、小ささ故に味が殆ど無い。

 けれど、何処か懐かしい味がした。

 横を見てみると、今度は景時さんは自らヘビイチゴに手を伸ばし、中身を確認していた。

「……何かさ、こんな可憐なのに、毒があるだなんて決め付けて悪かったなあ……」

 何処かしみじみとした様子で言う景時さんが何だか可愛くて、私は思わず噴出してしまう。

 ――他の皆と合流したのは、それからほんの少し時間が経ってからだった――。




ヘビイチゴの花言葉は「可憐」です。

ヘビイチゴはそんなにおいしいーというものではなくてついついあったら食べたくなっちゃうようなものだと思います。




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