「本当は、神子の願いならば全て叶えてあげたかった……」


 哀しげに紡がれる言葉に、私の本当に望んでいる願いは叶わないのだと悟ってしまった。

 龍という存在と人と言う存在。

 私達は沢山のものに隔てられていた。

 時空という大きな壁の所為で戻れなくなれば良いのに。

 龍神としての力を失ってしまえば良いのに。

 幾度となくそう願い、幾度となく後悔した。

 恋というものは、醜い感情を孕んでいると思う。

 知りたくはなかった感情。

 一方的な思い。

 白龍は私の気持ちを知って気付かない振りをしているのか。

 如何にもならない将来を見透かしているからこそ。

 黒龍と朔は、結ばれたというのに。

 時空を隔てていると言うだけで、想いを告げることすら赦されないのだろうか。

 帰らないでと伝えたい。

 傍に居てと叫びたい。

 それがあちらの世界にどのような影響を与えるのか知らないから言えることなのだと言われるかもしれない。

 でも。

 それでも。

 私は白龍をこの世界に閉じ込めてしまいたいのだ。

 若し、私が白龍を閉じ込めてしまったら何かの話であったように雨が降らなくなってしまうだろうか?

 その話のように、解放された瞬間に天に昇ってしまうのだろうか…?

 私を振り返る事もせず。

 それならばいっそ、天罰を与えて欲しいと願おう。

 行き場の無い私の想い。

 この気持ちこそが罪なのだと、他でもない白龍に断罪して欲しい。

 だから。

 私は笑って言葉を紡ぐ。



「――他の願いは、きっと、叶えてね……」

 私の考えは何処まで白龍に伝わってるのかな?

 はっきりとそう言った私に、白龍は何か言いたげに目を伏せてみせた。

「神子が不幸せにならない願いだったなら……」

 ずるい台詞。

 幾らでも言い逃れが出来るような言葉じゃないか。

「白龍が私の願いを叶えてくれないのが、不幸せだよ」

 白龍が悲しむとわかっていながら私はそんな言葉を選ぶ。

 私の言葉が刃であるかの如く、白龍は傷ついた顔をした。

 本当は笑って欲しかったけど。

 本当は、抱きしめてあげたかったけど。

 もう、余り馴れ合ってはいけないことを知っているから。

 そんなことをしてもお互いに辛くなるだけだと知って居るから。

 私の半身。

 長い年月を共に過ごしたわけじゃない。

 なのに何時の間にか当たり前のように感じていた。

 ……私の、半身。

 私の中で一番綺麗な部分の半身。

 何れ訪れる別れを信じたくない程に愛してくれていた。

 その微笑みと別れる事はないのだと信じてしまう程に愛してしまっていた。

 慈しみ合いたい相手が、ただ人ではなかっただけなのだと……。

 あの世界にいた頃はそれだけを思っていたのだけれど。

 そうではなかったことを、知ってしまった。

「白龍が、龍神じゃなかったら良かったのにね」

 忍び寄ってくる別れの時まで、冗談めかして笑ってみせる。

 龍神ではない白龍は、白龍ではないのだろうと理解していながら。

「私が龍でなければ神子とは出逢えなかったよ」

 皮肉なものだと私は思う。

「――神子、如何か……生きて幸せになって」

 其れは私を決して傷つけはしないという宣言。

 私が平穏に暮らす限りの、永遠の別れの宣言。

「幸せって何だろうね…」

 白龍といれば、些細な事でも大きな幸せとなっていた。

 白龍がいないというだけで世界がどれ程色褪せる事だろう。

 私を裏切らない白龍。

 私に生きて欲しい白龍。

 白龍の最後の願いは、とても我儘。

「……生きるよ。ちゃんと。……ちゃんと、生きるから」

 だからせめて。

「私が生を全うした時、………迎えに来て欲しいな……」

 そうして、今度は白龍の存在が無くなる時まで傍に置いて欲しい。

「神子、其れは……」

 世界の理に反したことなのだと薄々気付いていた。

 留まってはいけない魂を、一所に留まらせようとするのだから。

 答えは否だと知っていた。

 何よりも理を大事にする白龍だったからこそ。

 けれど、言ってみたくなった。

「……そうだね、神子。神子の現世での生が閉じた時、その時私は神子を迎えに来るよ」

 意外すぎるその答えに、私の思考は一瞬停止した。

 だけれども、直ぐに解った。

 其れを願ってくれる程には白龍は私を思ってくれているのだと。

 喩え、赦されない事だとしても、言ってくれているのだと。

「「約束だよ…」」

 二人の声が重なり、ひそやかに私達の現世での恋は終わりを告げた。

 まるでこの約束が無かったかのように、別れは静かで、あっさりしたものだった。

 けれど、胸の中にある思いだけは今も尚、熱を帯び続けている。

 何時か約束の時が訪れる…その時までこの熱さは冷めることは無いのだろう。

 私は瞼の裏に白龍の姿を思い描きながら、そっと胸に手を当て、その熱さを確かめた――。



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