「神子!」

 手荷物の整理を部屋の中でしていた時に聞こえた白龍の声に、一旦手を止めて顔を上げる。

 ぱたぱたと軽快にかけてきて、そのままの勢いで横座りしている私に抱きついて来た。

「っと……」

 予想してはいたものの、体に感じた軽い衝撃に体が後ろに傾いてしまう。

 そのまま倒れぬようにと片手を床に着くようにして体を支え、白龍を受け止めた。

「私も神子のお手伝いをするよ」

 ぱっと体を離して満面の笑みで言ってくれるその言葉に思わず曖昧な笑みが唇に浮かぶ。

 手伝ってくれる、というその言葉は嬉しいのだけれど、正直に言うと余計時間が掛かりそうだ。

 どう答えるかを考えあぐねていると、床に置いてあった長いリボンを白龍がめざとく見つけた。

「神子、神子。この綺麗な紐はなぁに?」

 赤いリボンを両手で持ち上げて私の目の前に掲げる白龍は微笑ましい。

 こういう時、本当に白龍は可愛い子どもなんだって思う。

「それはリボンって言って、……元々はクリスマスのプレゼントを包むのに用意してたんだけど……。……ん、丁度良いから白龍、結んであげよっか? 貸して」

 メートル単位で買い、使う時に使う分だけ切れば良いと持って居たもの。

 偶々此方に世界に持って来てしまったそれも、巻けば包帯代わりにでもなるかと思っていたのだけれど、今の所その必要もなさそうだ。

 だったら、偶には遊んでみるのだって良いかもしれない。

「りぼん? くりすます??」

 私が言っている事のひとつも理解できていないのだろう。

 無理も無いな、と思いながら白龍の手からリボンを受け取った。

 ある程度の長さを手に取ってから、片付けの途中、散らばらしていたものの中からソーイングセットを手に取り、糸切りばさみを取り出す。

 これくらいなら直ぐに切れるだろうと高を括っていたが、意外と切れ味が悪く、2、3度はさみを動かした。

 一本だけでなく、三本ほど切って置いておく。

「よし。見えるように鏡の方で結ぼうか」

「うんっ」

 そういえば櫛を用意していなかった。

 この時点になってそう思い当たるが、鏡の方を向いた白龍の髪を手に持つと、手櫛で良いかという気分になる。

 そんなに本格的に結ぶわけではないし、何より櫛を通す必要もなさそうだったから。

 プレゼント用のリボンというのは解け易い。

 ポケットから髪用のゴムを取り出し、一本だけを手に残し後は置いた。

 下から掬いあげるようにして白龍の髪を束ね、後頭部に持ち上げる。

 白龍はと言えば大人しいもので、私の手の動きを興味深そうに見ているだけだった。

「……よし。出来た」

 鏡越しに見る白龍の頭には立派なポニーテール。

「わぁ……! 有難う神子!」

 無邪気にはしゃぐリボンをつけた白龍は可愛いと思う。

 男の子か女の子か、少し解らないところもあるけれど。

「神子、私も神子の髪に“りぼん”をつけてあげる」

「え?」

「そうしたら神子とお揃いでしょ?」

 ニコ、と邪気のない笑顔で言う姿に成る程それで先ほどあんなに熱心に見ていたのかと納得した。

「そっか。それじゃあお願いしちゃおうかな?」

「うん!」

 立場を入れ替えるように鏡を向いて座る私と、私の髪を手に取り、私がそうしたように最初にゴムで結ぼうとしている白龍。

 手付きはたどたどしいし、全ての髪を綺麗に纏め上げる事は出来ていなかったけれど、自分が幼い弟…いや、妹…を持つ姉みたいでそう悪い気はしない。

「……神子、神子。どうやったら神子がやってくれたみたいに結べるの?」

 鏡を見てみるとリボンを持って、結び方に悪戦苦闘している白龍が見えた。

 それに笑いを漏らしながら、私は両手を持ち上げて「貸して」と白龍からリボンを受け取ると、
 白龍が束ねてくれた髪の付け根に軽くリボン結びをしてみせる。

「あ、わかった!」

 如何あっても自分がやりたいみたいで、白龍は一旦解いてから、今度は忠実に私のリボン結びを真似てみせた。

「はい良く出来ました」

 褒めてあげると鏡越しの白龍の表情がほやっと緩んだのが見える。

「神子は“りぼん”、似合うね」

「白龍も似合ってるよ。頭の上に蝶々が止まってるみたい」

「ちょうちょ……?」

 きょとんとした顔で、鏡ではなく直接私とリボンを見比べる白龍。

「そう。蝶。これね、ちょうちょ結びとも言うんだよ」

 そういうと、白龍がぎゅ、と背後から首にかじりつくように抱きついて来た。

 予想外のその行動に驚いてしまい、咄嗟に声が出なかった。

「白龍…?」

「いや」

 ぎゅう。と少し力を込めるようにされると、少し苦しい。

「神子、ちょうちょみたいに何処かに飛んでしまっては、いやだよ」

 如何してそういった思考に飛んでしまったのかは解らないけれど、懸命に言う様子は少なくとも冗談じゃないって語っていた。

 ぽん、と軽く白龍の肩に触れ、正面から抱きついてくるように促す。

 そうしてずれて抱きついてくる白龍を、私の方も抱きしめた。

「大丈夫だよ白龍。……私は何処にも行かないし、白龍の傍にいるよ。だって私は白龍の神子なんだもの」

「……うん」

 白龍は姿相応に純粋で、自然の理の事については博識でも、人の理のことを殆ど知らない。

 けれども何を心細く思う必要があるのだろうか。

 力が弱まっているとは言え白龍は神に相違ないのに。

 ――嗚呼、神というものも、人と其れ程変わらないから、不安になるのだろうか……?

「………神子、大好きだよ」

 ならばこの小さな神が少しでも怖がらずに済むようにしてあげよう。

「私も白龍が大好きだよ」

 白龍の神子というだけではなく、私自身が白龍を守りたいと思うのだから。

 ぎゅ。と回された白龍の手は小さく、そして、とても温かかった。


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