「神子、此れ位で足りるかな?」
そう言って、籠の中身が見えるように腕を下げてみせる。
籠の中には赤い色の果実が転がっていて、見た目にもとても綺麗だ。
「うん。良いんじゃないかな? 私も良く解らないんだけど」
ぱっと顔を輝かせる姿は、小さな姿をしていた頃と寸分も違わずに、その無邪気さが可愛いと思う。
「じゃあ、此れで譲に“じゃむ”を作って貰えるね」
心底嬉しそうに言う白龍は、譲くんの作った食べものが大好きだ。
房酸塊からジャムが作れるという話を何気なくしていて、白龍が譲くんに食べてみたいと言ったのがそもそもの切っ掛け。
ジャムだけを食べるものではないけれど、何かにつけて食べれたらそれはきっと甘酸っぱくて美味しいだろうと私も賛成した。
「さ、早く帰ろうか、譲くんが待ってるかも」
作って貰うんだから、って。譲くんには館で待って貰う事にして、私と白龍だけで房酸塊を採りに出た。
慣れない作業に戸惑って、予想よりも帰る時間が遅れてしまったけれど、今から急いで帰れば日入りまでには戻れるだろう。
「そうだね。神子――」
その時、白龍の顔が厳しいものへと変わって行った。
如何したのかと問いかける前に、私はその理由を知る事となる。
「神子、怨霊だ」
白龍のその声に答えるように、私は頷き、剣を構えた――。
「……ふぅ」
ちゃ、と剣を鞘に収め、緩く溜め息を吐く。
白龍と私の二人、ということに些かの戦苦はあったものの、幸いにして怨霊は其れ程手強い相手ではなく大事には至らなかった。
「白龍、無……」
「ああッ!」
無事だったか問おうと動いた唇は、当の本人の声によって遮られてしまった。
思わず吃驚して目を見開き、白龍の姿を捜す。
視界の端に入った白龍は地面に膝をつき、肩をしょんぼりと落としていた。
「は、白龍何処か痛いの?!」
気付かぬ間に怨霊に深手を負わされてしまったのかと慌てて駆け寄ってみると、白龍の手は、赤く染まっているのが見える。
「はくりゅ……っ!」
「神子、ごめんなさい……」
哀しげに言葉を紡がれ、より一層心に焦りが生じた。
けれど、よくよく見てみると、白龍の手についた赤は、血の赤ではない。
若しかすると、其れは……。
「……酸塊?」
そう、其れは先程摘んだばかりの房酸塊だった。
「うっかりして踏んでしまった。……折角、神子と私で摘んだのに……」
白龍が怪我をしていなかったことに安心しながらも、すっかり落ち込んでしまっている白龍を見て思わず苦笑してしまう。
やっぱり、小さいままの白龍と何ら変わりないのだ。
「ごめんなさい神子。……私のこと、嫌いになった……?」
項垂れたまま問いかけてくる白龍がとても愛おしくて、大丈夫だよ。と言う風にその肩にそっと手を置く。
随分と大きな肩になってしまったけれど、温もりだって、あの頃とちっとも変わらない。
「大丈夫だよ、白龍。私が白龍を嫌うわけないじゃない。酸塊のことは残念だったけど、譲くんに事情を話してまた摘みに来れば良いんだから。ね? 今日はもう帰ろ?」
優しく促すと、本当に? と不安げな瞳で見上げて来る。
――嫌える筈が無いよ。
勿論。と頷き返すと、白龍は安心したように笑い、私も其れにつられるように、微笑みを浮かべたのだった――。
【白龍TOP】
【遙かTOP】
酸塊(すぐり)の花言葉…あなたに嫌われたら私は死にます。