弁慶さんは優しい人だと思う。
けれど、それを面と向かって言ったって、きっとやんわりと否定してみせるのだ。
例えば、「望美さんの方が優しいですよ」とか、そんな風に言うに決まっている。
そんなことはないのだと私が伝えたくとも、私よりも長く生きてきた弁慶さんに口で勝てる事はないのだ。
……違う。
もし、同じ程時間を重ねたとしても、私はきっと弁慶さんには勝てないのだと思う。
「――でも、絶対弁慶さんは優しいんです」
其れまでの思考の結果のみを口にしてしまったから、隣を歩く弁慶さんは不思議そうに私を見遣った。
「いきなり如何かなさったんですか、望美さん?」
子どもの駄々のように言い切った台詞は流石に否定はされなかったけれど、其の分不思議がられていたとは思う。
今日は、弁慶さんからの誘いで二人で出かけている。
例え、弁慶さんのことを考えていたのだとしても、一緒に居る時に考え事をするのは良くなかっただろうに。
でも彼は其れを責めることもなく、ただ静かに微笑んでくれている。
「優しいですよね?」
じ、と弁慶さんを見上げるようにして問いかけると、彼は少々困ったように笑った。
自分自身の事を優しいと称することは中々出来ないだろう。
けれど、私の言葉を全面的に否定することを、弁慶さんはしたくないのだろうとも思う。
解っていて聞くのもいけないのだと思いつつ、肯定して欲しかった。
彼は常に皆のことを考えて、自分の想いを押し殺し、最善の道を探していた。
そしてその決断すら、他者に打ち明ける事もなく――。
何て強くて、脆い優しさなのだろうと想った。
直ぐに気付けなかった自分の愚かさを恥じた。
「……望美さんが優しいと想ってくださるのなら、そうなんでしょうね」
殊更に優しい光を浮かべる目は、沢山の辛い事を見知って来た目。
優しい嘘を沢山ついた、貴方の目。
「弁慶さんは、優しいんです」
ぎゅ、と彼の腕にしがみ付くように腕を絡ませる。
其れを受け入れるかのように弁慶さんは力を抜いてくれた。
私は知っている。
服に隠された部分に、多くの傷跡が残されている事を。
そして、その多くが矢による傷であるという事を。
あの日、少しでも行くのが遅ければ彼は数多の矢によって倒されていただろうか?
そういった疑問を、彼の背中を見る度に想う。
勿論私だって、傷が無いワケじゃないけれど。
でも、弁慶さんに比べれば幾らも少ない。
其れは、他の皆と同様に、弁慶さんが私を庇ってくれていた証明。
ねぇ、ほら。
やっぱり弁慶さんは優しい。
その優しさは、凄い事だと想うけど、でも、私には少し怖い。
でも、この世界ではもう、そうまでして守らなきゃならない事なんて無いんだから。
この世界に馴染むだけで十分だから。
もう優しくある必要なんて、少しも無いんですよ?
だから。
「今度は私が、いっぱいいっぱい優しくなりますね?」
そうして、今度は私が守るの。
あの世界に比べて随分と平和だと言える世界だけれど。
身体的な問題からじゃなくて、精神的な問題から、私が弁慶さんを守りたい。
「望美さんは今でも十分優しいですよ」
やっぱり不思議そうにしている弁慶さん。
気付かなくって良いんです。
気付かない方が良いんです。
貴方が気付かない程の優しい嘘を、私は吐こう。
自分を犠牲にする優しさじゃなくて、皆が幸せになれる優しさを。
私は優しい人になろう。
弁慶さんは、優しい人。
でも、もう優しくしないでね?
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