「ほら、弁慶さん。ひなげしが咲いてますよ」
そう言って深赤色や白色の花々を指差し、戦場では想像も出来ない程の無邪気な笑顔を浮かべている。
薬草を探しに行くと言った男に、手伝うと言って共に歩き出したのは龍神の神子と呼ばれる少女。
目的のものを抱えて、宿に戻る帰り道に咲いていた花を見つけ、嬉しそうに唇を開いていた。
しかし今は普通の女の子としか見る事は出来ない。
「本当ですね。本来観賞用の筈なのに、こんな所に咲いているだなんて珍しいな……」
本当ならば暗くなる前に宿に戻っておきたいところなのだが、男は華に目を奪われている少女にちらりと視線を向けた。
「……少し休んでいきましょうか。花々もきっと、君に見て貰う為に咲いているのでしょうからね」
「も、もう、弁慶さんてば……」
何言っているんですか、と恥ずかしいのか、抗議するように男を見遣る。
嘘は言ってませんよと微笑んで、道行く人々が腰を降ろして来たのであろう、座るのに丁度良さそうな岩を見つけ、少女に座るように促した。
其処に二人、並ぶように腰掛けてみるとひなげしの花が良く見えて、此処に座った誰かがひなげしの花の種を植えたのかと思う程。
こうやって何も話さずに居るのも随分と心地良いのだけれど、其れも何だか勿体無いと感じたりもする。
風の流れる音だけを暫く耳にした後に、男が緩やかに口を開いた。
「望美さん、ひなげしには虞美人草と言う別称があるのを知っていますか?」
数度の瞬きの後、少女の視線はひなげしから男の方へと映る。
「虞美人、って…。あの、項羽の奥さんですか?」
詳しい話までは知らないまでも、その名は聞いた事がある。
記憶の糸を辿りながら口に出した名を、頷く事で肯定して貰え、安心したように微笑んだ。
「虞美人草、って言うくらいだから、何か関係があるんですか?」
持ち出した人物の名が間違っていなかったことの安堵感からか、何なく質問が飛び出した。
もとよりその話をするつもりだったのだろう、男は緩く微笑みながら再度頷いてみせる。
「虞が流した血から咲いた花、と言う説があるらしいですよ。……虞の繊細な美しさを其のまま体現しているのではないでしょうか、ね」
極上の和紙のような、美しい花弁。
四面楚歌の状況を表すかの如く、四枚の花びらが広がっている。
「……血から、だなんて……。少し哀しいですね」
劉邦に破れた項羽。
その項羽の足手まといにならぬようにと剣で自らの喉を引き裂いたと言う虞。
真に愛し合っていた二人の物語は、永遠の愛だとして有名なもの。
「私だったら、死んじゃうよりは二人で何処かに逃げたいなぁ、って、思うんですけど」
それじゃ駄目なんですよね。
彼には彼の捨てられないものがあって、二人だけの未来を選ぶことは出来ないのだろうから。
「……そうですね。……でも、きっと、不幸ではなかったんじゃないですか?」
その言葉に、曇りがちだった少女の表情が不思議そうなものへと変わった。
「きっと、彼らにとっては出会えた事自体が僥倖であったはずですから」
そうなんでしょうか、と言う視線を、少女は男へと向けた。
その視線に答えるように、緩やかに頷き、微笑んでみせるのだ。
「……そうですよ。……僕が、君と出会えた事がそうであったように……」
甘く囁くようなその声を聞いた少女は、頬を淡いピンクに染めて俯いてしまった。
少女の頬を染めた色、其れは虞美人草よりも甘く、優しい色をしていた――。
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ひなげしの花言葉は「慰め」です。
日本に伝来したのは室町時代より以前、と言う話なのですが、一寸多分この時代には入ってない、と思いますがそこ等辺は目を瞑っていただけると有難く!
何にせよ拍手有難う御座いました!
黒い弁慶さんも好きですが、やわらかい弁慶さんも好きです。
でも、ゾウさんの方がもっと好きです(間違い)