ぽたり。

 ぽとぽと。

 水滴が落ちる音がする。

 地面に向かって落ちる音がする。

 普段はそうではないのに、今はそれがやけに耳障り。

 はあはあと荒い息を整えるように大きく呼吸をして。

 見間違いではないかと思い、何度も何度も瞬きを繰り返す。

 ――嗚呼、如何して離れてしまったのだろう。

 どくん。

 どくどく。

 心臓が跳ねる音がする。

 信じたくないと喚く音がする。

 人が死ぬ光景だなんて今ではもう日常茶飯事のはず。

 がたがたと震える手をぎゅっと握り締めて。

 目の前に倒れているのが誰かを、何度も何度も確認する。

 ――嗚呼、如何して離れてしまったのだろう。

「……譲、くん」

 そっと呼びかけてみても、彼は何の反応も示してくれない。

 如何したんですか、先輩……って、あの優しい声で答えてはくれない。

「血、止めないと……」

 そんなことしても無駄だって解ってる。

 だってもう血は既に止まっているじゃない。

 物言わぬ屍となった平家の兵士を踏み越えるように、私は譲くんに近づいて行く。

 血の気の失せた顔。

 其れとは対照的に血溜まりの中に倒れている。

「なん、で?」

 如何してこうなってしまったのか、なんて、解っている。

 私はただ守りたかった。

 大切な人々を守りたかった。

 だから誰よりも前に出るようにと最前線へ。

 そして、弓を武器とする譲くんは後ろのほうへ。

 私たちは、離れてしまっていたから、こうなってしまった。

 ――奇襲があったと聞いた時には既に遅かったのかもしれない。

 余りにも遠く遠く離れすぎていて、幾ら息を切らせて戻っても地面に横たわる死体が増えるだけで。

 幾ら突き進んで行っても、――。

 既に奇襲部隊は撤退を始めたらしく、平家の兵は余り見えなかった。

 全てが終わった後のように、むせ返るような血の臭いしかしなかった。

 私の手を離れた剣がカラン、と乾いた音を地面に転がった。

 一歩、二歩足を進め――崩れ落ちるように膝をつく。

 ほんの数歩の違いなのに、今度は乾いた音ではなくベチャリと水分を含んだ土が音を立てた。

 膝が赤黒い血で色を変えて行くのを視界の隅に捕らえながら、す、と手を譲くんの顔に滑らせた。

 私の手が血に濡れていたのか、辿れば其の箇所に赤い筋が出来る。

 譲くんの唇をなぞるように指を動かせば、まるで紅を引いたように朱の色がついた。

 嗚呼、まるで死に化粧だ。

「……離れなきゃ、良かった」

 逆鱗があるから。

 やり直せば良いから。

 ……そんな風に思える筈もない。

 そうやって思えるようだったら、こんなに胸を裂くような痛みなんて訪れる筈がないのだから。

「ふ……ぅ……ッ」

 ぽた、と私の目じりから流れ、顎を伝い落ちた熱い雫が譲くんの唇に落ち、血と溶かし零れ落ちる。

 乾いた唇に水を与えても、もう彼は動くことはないと理解している。

 だからこそ私は悲しくて哀しくて仕方が無かった。





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