たとえば今目の前にある背中に思い切り切りかかれば全てが終る。

 油断しきっている相手を襲うことほど楽なことはない。

 けれどもそっと剣の柄に触れると余りに冷たくて、重そうで……私は手に取ることができない。

 たとえば今目の前にある背中を思い切り押してしまえば全てが終る。

 この高さからじゃ、絶対に助からない。

 けれども貴方は振り返って笑うから。「如何した?」なんて、やわらかい声で聞いてくるから。

 私は何も、出来ずにいた。

「何か可笑しいな、望美。体調でも悪ィのか?」

 無言のままの私を気遣ってか、眉間に皺を寄せるようにして私の顔を覗き込んで来る。

 何も知らないって、なんて幸せなことだったんだろう。

 時空を越え、戻ってきたからこそその有り難味が切々とわかる。

 ――あなたとわたしはてきどうし。

 私はあなたじゃないあなたがとてもとても憎かった。

 倒すべき敵だと、そう考えていた。

「なんでもない……」

 この人が消えてしまえばこれから先の戦は無くなるかもしれない、なんて。

 なんて馬鹿な考えなの。

「そうか? まァ何かあったら直ぐ言えよ」

 今までは無条件で信じられていた笑顔も、敵だとわかってしまった今にしてみると泣きたくなるくらいに、つらい。

 あなたは、敵。

 私たちの、敵。

 ――そうやって割り切ることが出来たなら、どれ程良かったか。

 大切で大事な幼馴染を、敵として見る事なんて、……。

「でも、私がそうやってみなくても……」

 あなたはきっと、敵として立ち向かってくる。

 大切なものが、其処にあるから。

 迷うフリをして、結局あなたはあちらを守る。

 それは決して私じゃないの。

 ……今更だ。

 ずっとずっと一緒に居て、今更ながらに離れる事の意味をしった。

 私たちの道はこの世界にいる限り交わることがないのだ。

 割り切れたなら良かったのに。

 割り切れるほど簡単なものなら良かったのに。

 ああ、もう私はどうしたら良いかわからない。

 英断することができず、――結局、私は自らの首を絞めることになると知っていても。

 ……割り切れないまま、私は一人ごちた。



「どうしてあなたが還内府なの?」



 ――もう “将臣くん”なんて 怖くてよべない






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