願う事は何だったか。
望む事は何だったか。
――私は余りにも幼くて。
貴方が本当に何を望んでいたのかなんて、解らないままなんです。
「敦盛さんから貴方の話は聞いていました。――何故貴方は此処に居るんですか?」
奏でられる琵琶の音に導かれるように辿り着いた先に居た人に、問う。
質問は余りに抽象的だっと自覚はある。
何故味方の陣営を離れて一人で此の場に居るのか、とも取れるし、何故戦場に居るのかとも取れる。
どちらの意味で取られても良かったからそう問い掛けた。
だのに彼は質問に答える風でなく、ただ穏かな顔をして笑った。
「敦盛は良くして頂けているようで、何よりです」
“兄”という顔を崩す事無く敦盛さんの事を気遣う。
其れは何処までも……誰よりも人間らしい温かみがあるように見えて私の胸をより深く掻き立てるのだ。
「……敦盛さんと戦う事になるんですよ」
言うと、初めて哀しげに目を伏せてみせる。
けれども其れも束の間。直ぐに柔らかな表情を取り戻すと穏かな口調で言ってみせるのだ。
「武門の子として、……其れもあの子の生き様でしょう」
――貴方の気持ちは如何なんですか。
私たちの会話は、些か問い掛けと答えのピントがずれているように感じる。
其れが故意に行われているのは明白。
駆け引きと呼ぶには余りにも苦しさを掻き立てる応酬。
「どうして経正さんは戦うんですか。貴方は剣を持つよりも、そうやって琵琶を持つ姿の方が似合うのに」
其れこそ愚問だったのかもしれない。
何故なら彼は平家一門なのだから。
其れ以上の理由など、無いのではないか。
けれども少し寂しげに紡がれた台詞は、予想とは少し違った。
「この身は既に怨霊と化し、――真に望む未来は、訪れぬと知っているからです。ならば少しでも身内の者が幸せであるように動くしか出来ぬのですよ」
何よりも優しい言葉なのに、何よりも憂いを含んだ言葉だった。
――怨霊。
其れは余りにも否定しようも無い事柄で、如何することも出来ない事実だと知る。
何を望んでいたのですか、と問い掛けるのは余りにも酷な話。
私には、聞けない。
「死に瀕した時に其の侭天に召されてしまった方が良かったか、と……思った事も。けれども、怨霊になったのは自分の所為より他には無いのです。この世に未練があったから……、無念を感じたから……只、それだけで」
実際に怨霊となって甦らなかった人もいた故に尚更そう思うのだと彼は続ける。
一体何に未練を残してしまったのか、今ではもう、何も覚えていないと言う風に。
「最後にひとつだけ、お願いをしたいことが」
此れ以上の会話は不毛。
其れを悟っているからこそ「最後」と言う前置きをする。
けれど私はその前置きを聞くと、胸が痛んだ。
――最後にしたくなかったから、なのだと思う。
そんな私の様子に気付いてか気付いていないのか、彼はただ、静かに乞う。
「若しも戦場で合間見えた其の時は――どうか、躊躇い無く此の怨霊を封印して頂きたい」
ああ。
心の何処かで解っていた。
きっと彼はそう言うだろうと。
私の心が痛むであろうことを考慮しながらも、其れでも尚、己の存在は歪なものだと知っているから。
「……は、い」
だから私の返事も肯定でなくてはならない。
敵方であるにも関らず私に其れを願った彼の心を踏みにじってはいけない。
……仮令其れがどんなに辛くとも。
「忝い」
緩く一礼をして去り行こうとする。
何の別れの挨拶も無く、只管静かに。
其れが寂しくて哀しくて、私は彼の胸元をぐいと引っ張り、無理矢理に上背のある彼を屈ませる。
そして、その頬に柔らかく口付け、手を離した。
「……さようなら」
不意の私の行動に驚いた風であった彼に別れを告げ、私はその場を走り去る。
――見送ることはしたくなかったから。
置いて行かれるのは、嫌だったから。
ねぇ、経正さん。
願う事は何でしたか。
望む事は何だしたか。
――私は余りにも幼かったから。
貴方が本当に何を望んでいたのかなんて、今でも解らないままなんです。
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